◆藤木幸夫『ミナトのせがれ』を読み解く

◆藤木幸夫『ミナトのせがれ』を読み解く

藤木幸夫氏の父は、藤木幸太郎氏。
横浜の港湾荷役のフロンティアの一人であり、
藤木企業の創業者である。

※要旨

・親父は、祖父の八百屋の仕事をしていた。
御用聞きのように裏口へまわる仕事をしていると、
応対に出る主婦や女中の言動、態度などで、
家庭の内情が自然とわかるようになる。
何回か接しているうちに、円満で幸せか、
贅沢していても心が貧しいか、意識しないでも見えてしまう。
弱い立場にあるから、知らん顔で、
おとなしく我慢しているだけだ。

・その後、親父は石炭を運ぶ船に乗った。
船員たちは口も悪ければ気性も荒い。
しかし、竹を割ったような性格の人間ばかりだ。
悪態をつかれても、そのボキャブラリーの豊かさ、
いいまわしの秀逸さに、親父は感心するばかりだった。

・先輩たちは働くときは脇目も振らないし、失敗に容赦はない。
しかし、手が空いたときは、話し上手で、
笑わせるのがうまい者が幅を利かせた。

・目標、志を持った人間の強さというものは、
どこでも、何にでも通じる。
果たして、ゴンゾウばかりと思われた地獄船にも、
わずかながらまともな人間がいた。
こいつ、只者ではないな。
航海を重ねるうちに、そういう人間が親父を認めて寄ってきて、
仲間付き合いしてくれるようになった。

・よい働きをすれば良い仲間が寄ってくる。

・荷役の仕事を通して、親父が知り合った酒井の親父は、
心のやさしい人でいて、決めたことは必ず通す強い精神力の
持ち主でもあった。

・親父は、数々の修羅場をくぐり抜け、
生きる苦労を経験し、
筋を通すことの大切さを実感していた。

・「沖人夫」、「沖沖仕」など今日では港湾労働者といっているが、
まだ私が生まれていなかった大正時代は呼び方もさまざまで、
世間から鼻つまみの暴れ者揃いだった。
忙しいときはくたくたになるまで働き、
仕事がないとなると5日も10日も休みが続く。
だから若い者は精力の捌け口を、
喧嘩、酒、女、バクチに求めるほかなかった。

・酒井の親方は、極道寸前の配下を大勢従え、
ヤクザと同一視された稼業を長くつづけたにもかかわらず、
酒も飲まない、バクチはやらない、女にも手を出さない、
一切、三拍子に無縁の堅物だった。

・酒井の親方、親父、田岡のおじさんの3人だけでも、
私にとっては最高の「人としてのあり方教科書」だった。
毎日暮らす親父に酒井の親方のしてきたこと、
田岡のおじさんがすることを重ねると、
事の大小に関係なく世の中や人を見るこのうえない物差しになった。
だから、若いくせに私はまわりがよく見えた。
なんだ、御大層にお偉いさんといっても、こんな程度か、、、、。

・「咄嗟に握手を求められたら、嫌だ嫌だと首を振るより、
それができずに握り返す、挨拶をされたら挨拶を返す、
それがまともな人間のすることだ」
(秦野章)

・「会ってもいない人のことをいいとか悪いとかいうことは許されない。
会ったうえで、いいとか悪いとかいうのは、
幸夫君の自由だけれども、
会う前に他人の噂だけで批判してはいけないよ」
(田岡のおじさん)

・頼みごとをするときは、たとえ相手が後輩であっても、
自分から出向いて低く頭を下げてお願いする。
将来ある人間は、それとなく励まし、場を与える。
義理人情は日本人の得難い美風なのだから、
真面目に生きる人から何か頼まれたときは、
自分にやれるなら、全力で実現に努める。

・事実、田岡のおじさんは、私の頼みはすべて聞いてくれた。
もちろん、港の仕事に関係することばかりである。
こうして田岡のおじさんの実践を通して学び、
私が心の糧としたことは限りがない。

※コメント
港湾ビジネスというのは、じつにドラマチックだ。
その仕事の社会的地位を上げようと
懸命に努力した人々がたくさんいるようだ。

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