◆竹村公太郎『日本史の謎は「地形」で解ける』を読み解く

◆竹村公太郎『日本史の謎は「地形」で解ける』を読み解く

※要旨

・昭和45年に大学を卒業して建設省のダム現場に配属された。
建設行政の20年間の転勤生活で、全国各地の地形と気象の多様性に何度も驚かされた。

・地形と気象だけは人に負けないほどの知識と経験がある。
その地形と気象の事象を丁寧に拾い出して提示していく。
その材料を使って他分野の人々と会話をしていく。
それが私の役目であると気がついた。

・石山本願寺は、16世紀の世界最強軍団を率いる織田信長と11年間も戦い、
ついに負けることはなかった。
最終的にこの地からの退去を条件に和睦した。

・本願寺が10年以上も持ちこたえられたのは、
本願寺の信者たちに強い宗教心があったからと歴史では学んできた。
しかし、この本願寺跡の地形を見詰めていると、
彼らは難攻不落の地形に陣取ったから負けなかったのだということが見えてくる。

・織田信長はこの地形を奪おうと11年間かけた。
その後、豊臣秀吉はこの地形を利用して難攻不落の大坂城を建造して天下を制した。
そして、徳川家康はいかに秀吉の難攻不落の大坂城を陥落させるかに腐心した。

・1590年、家康は豊臣秀吉に関東・江戸への転封を命ぜられた。
江戸転封の名目は、北条氏討伐の先鋒をつとめた家康に関東六ヶ国をつかわすから江戸に行け、
というものであった。
この命令に家康の家臣たちは激昂したと伝わっている。

・なぜ徳川の家臣たちは激昂したのか?
関東は北条支配が長く続いたので、ここを統治するのが大変だった、
という解釈がある。
私は違った解釈を持っている。
それは「江戸は手に負えないほど劣悪で、希望のない土地だった」からだ。

・関東一帯を歩いて探し当てた「宝物」。
家康は激昂する武将たちをなだめ、荒れ果てた江戸に入ったと伝えられている。
江戸の町づくりに本格的に着手するのも、関ヶ原の戦いの後である。
では1600年までの間、家康は一体何をやっていたのか?
この時期、家康は鷹狩りと称して、関東一帯を徹底的に歩き廻っていた。

・家康はこの関東の現地踏査で「宝物」を探し当てていた。
その宝物とは、日本一広大で、日本一肥沃で、
日本一豊富な水がある温暖な「関東平野」であった。

・家康が克服すべき強大な敵、戦うべき新たな敵、それは利根川であった。
その敵を征服すれば、他大名を圧倒する富を獲得し、
天下は自動的に転がり込んでくる、と家康は看破した。

・なぜ信長は比叡山延暦寺を焼き討ちにしたのか?
いったん人文社会分野から離れて、
織田信長が戦った尾張や琵琶湖周辺や京都の地理と地形を眺めてみると、
あっけないほど簡単に信長の比叡山焼き討ちの謎が解けてしまう。

・琵琶湖は日本列島の交流の中心であった。
さらに細部の地形を見れば、琵琶湖南岸の大津から京都へ山越えする「逢坂」が重要な拠点となる。
巨大な比叡山は、背の低い逢坂峠を真上から見下ろしていた。

・現在も、逢坂は日本中の動脈が集中する頚動脈である。
この逢坂山に、東海道新幹線、JR東海道線、北陸線、京阪電鉄、
国道1号線、名阪高速道路、さらに琵琶湖疎水までが集中している。
昔も今も逢坂峠が、日本列島の東から畿内への入り口なのだ。

・比叡山は京への侵入口の逢坂を見下ろしていた。
信長はその比叡山と逢坂の地形関係に耐えられなかった。
どのような強力な軍団も、緑繁る日本の山中ではその強さを発揮できない。
峠越えはどこも細く、どんな大軍も隊列は細長く伸びきり、危険だ。
歴史上、そのことを一番よく知っている人物がいた。
織田信長その人であった。

・戦国の世を制するためには、上洛しなければならない。
京への入り口である逢坂峠を自由に行き来する。
それが、信長の比叡山焼き討ちの目的であった。

・推理小説の一分野に刑事モノがあり、その中での有名な格言が「現場百回」である。
犯行現場へ何回も足を運べば、それまで見えなかった新しい証拠や手がかりを発見できる、というものだ。

・19世紀、世界最大の100万都市・江戸は途方もない物量を必要としていた。
全国各地の米、海産物、木材、特産品そして工芸品が、毎日休むことなく江戸に注入された。
北は北海道から南は九州まで、日本列島は船のネットワークで結ばれていた。

・モノは情報である。
モノは、人々の知恵の塊である。
モノには、各地の歴史と文化が染みこんでいる。

・人の交流は情報の交流。
道路は物を運搬する装置と思われている。
しかし、それは一面的な見方であり、交流軸の立体的でふくらみを持った意義を捉えていない。
交流軸は、情報を運ぶシステムである。

・生命の本質は情報の交換である。
両親の遺伝子の情報交換で人で生まれる。
情報交換で生まれた人間が都市を創る。
そのため都市の本質も情報交換の場である。

・新幹線が登場した当時、故・梅棹忠夫氏は、
新幹線は情報の塊の人間を運ぶ装置である、と看破した。
人間は情報の塊であり、その情報が行き来する交流軸が栄え、
その交流軸の上にその国の都が誕生していくのが当然となる。

※コメント
竹村氏の自然科学の視点から見た歴史は面白い。
読んでいて引き込まれる。
やはり、自然科学と人文社会科学の両方の視点を身につけると最強だと認識した。

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