◆特別コラム「公開情報の凄み、アナログに学ぶ時が来た」

◆特別コラム「公開情報の凄み、アナログに学ぶ時が来た」

今こそ、アナログな公開情報を重視すべし。

アナログ的に集めた公開情報が決定的な情報になることがある。
断片的なものを拾い集めた情報が宝に変わることは、よくある。


第二次大戦前と大戦中、
日本陸軍で数々の情報収集・分析の分野で活躍した人物に、
情報士官・小野寺信がいる。

小野寺は、「ドイツのソ連侵攻計画」や「ソ連の対日参戦」など、
超一級のトップシークレット情報を入手していた。
彼の重要な協力者の一人に、
ポーランドの情報将校リビコフスキーがいる。

リビコフスキーは、あるとき、小野寺の要請により、
「対ソ戦に備え、北満州での機械化兵団の運用と戦術」についてのレポートを書いた。
レポートの内容は素晴らしく、
小野寺は情報源と資料の入手先を知りたがった。

リビコフスキーは、スウェーデンのストックホルムで
市販のあらゆる雑誌や新聞を入手して集めて
それをもとに書いたのだ。
典型的な公開情報の分析手法を使った諜報スタイルである。

もともとリビオフスキーは、
軍の情報部で働いていたこともあり
情報活動の基本を心得ていた。

彼の諜報能力を目のあたりにした小野寺は
「彼は大物だ」
と評価し、以後、
彼と高度な情報交換を行っていく。


大戦中、関東軍参謀部で情報参謀をやっていた完倉壽郎(ししくら・じゅろう)も、
地味で地道な公開情報の読み込みについての重要性を説いている。

日本軍が南方で米軍と戦っているあいだ、
満洲に駐留する関東軍の大きな任務は
ソ連軍に関する情報収集と分析であった。

関東軍参謀部は多くのスタッフをおいて、
ソ連の公刊文書の分析と検討により、
極東方面ソ連軍の編制、兵団数、番号、組織の情報を
ほぼ正確に掴んでいた。

それは戦後のソ連公刊資料でも裏付けられている。
また、ソ連軍の満洲侵攻の時期もかなり正確に
予測していたという。

ちなみに完倉は戦後もソ連の研究をつづけた。
そのときも公開文書の読み込みが基本であった。

1984年、韓国の情報関係者が
完倉をソウルの非公開で行われた研究会に招いた。

彼はそこでシベリア鉄道やウラジオストク港などの情報を
何も見ないで詳しく語り、韓国の参加者を驚かせた。

ジェームズ・ボンドのように
建物に侵入して機密情報を盗まなくても
公開情報の丹念な読み込みにより、
ある程度の高度な情報を入手できるという学びがそこにある。

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★以上、特別コラムはここまで。

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