◆町田徹『東北「復興」電力物語:電力と震災』を読み解く

◆町田徹『東北「復興」電力物語:電力と震災』を読み解く

※要旨

・人の一生を生い立ちが大きく左右するのと同じように、
会社の運命も設立理念や沿革に大きな影響を受けるものである。
本書で取り上げる東北電力の過酷な復旧・復興の物語も、そうしたケースの典型だ。

東北電力のDNAは、財閥解体に伴う第二の創業期に確立された。
それを会社にしっかり埋め込んだのは、この会社の初代会長をつとめた白洲次郎と、
東北出身の「和」の電力マンであり、
初代社長に就いた内ヶ崎贇五郎の2人である。

2人が中心になって育んだDNAは、
東日本大震災との困難な闘いを支える原動力になった。

・人類史上最悪の原子力惨事となった東京電力・福島第一原子力発電所の事故以来、
電力会社や原子力発電所には、すっかり悪役のイメージが定着してしまった。

この物語には、そうした通説を覆す事実が溢れている。
電気というライフライン(命綱)の供給を通じて、
地元の暮らしと経済を支えるために身を粉にして働いた人たちの苦難に満ちた
真実のドラマが秘められているのだ。

・電力会社の中には東京電力と似たような体質の会社があるかもしれないが、
こと東北電力に関しては、そうした見方は的外れと言わざるを得ない。
それは水道、ガス、通信、鉄道と並ぶライフラインの電気を届けるという
電力業者共通の使命をこの会社が帯びており、
その使命に社員が高い矜持を持っているということだけが理由ではない。

・白洲次郎は、内ヶ崎社長とともに、
この会社の存立基盤となった会津地方の只見川開発権を巡る
東京電力との闘争を勝ち抜いただけでなく、
地元への貢献を最優先するというDNAを会社に埋め込んだ。
そのDNAには、大事故など決して起こさないという独特の技術者魂も含まれている。

・東日本大震災にあっても、
そのDNAは10代目社長の海和誠に受け継がれていた。
カネに糸目をつけずに一刻も早く停電を解消し、
潤沢な電気をとどけることによって、
人々の暮らしと経済を立て直しを支援するという道を選択させた。

・釜石は過去に何度も強大な津波に襲われた歴史を持つだけに、
古くから
「地震が来たら、津波が来る。てんでんに(それぞれに)安全な場所へ逃げろ」
という生きるための言い伝えがある。

一人で逃げるのは決して身勝手なことではない。
まずは、それぞれが無事に生き延びることを優先しろ。
そうすれば、後でみんなで無事を喜び合える、
というような意味の言い伝えだ。

・白洲が創業当時の東北電力の経営基盤を築いた唯一の功労者として描かれることも多い。
通説は、さすがに白洲を持ち上げ過ぎだと思う。
基本的に、東北電力としての白洲は、
対外的な交渉や儀礼的な面での顔として貢献した人物として評価すべきではなかろうか。

・東北電力の経営や内部固めは、
社長の内ヶ崎が尽力したものと見るのが自然である。
筆者が取材した限り、実際の白洲は、
門外漢が電力会社の経営に無用な口出しをすべきではないと、
かなり自重していたように思われる。

会長室を東北電力の本店がある仙台ではなく、東京支社に置かせて、
水力発電所やダムの建設など政府の開発計画に睨みを利かせていたのだ。

・震災の翌日、海輪社長は以下の復旧の基本方針を示した。

1.とにかく二次災害に十分注意して、被害状況の把握を急ぐ。

2.会社として、社員、家族、関係者の安否確認を急ぎ、
必要なら心のケアにも努める。

3.対マスコミも含めて、適宜、正確な情報の発信を行う。

4.従来の災害よりも復旧作業が大幅に長期化する可能性があるので、
常に交代要員を確保し、余裕を持った応援計画を立案する。

・海輪は部下を信頼しており、非常事態だからといって、
わざわざ自分が鼓舞する必要はないと知っている。
社員たちがライフラインである電力の供給を業とする会社の人間として、
早期の供給再開に全力で取り組みことに疑いを挟む余地はない。
彼らは営業エリアの東北6県と新潟への愛着を持っている。

社長である自分は、むしろブレーキをかけるぐらいが丁度よいと信じている。
だからこそ、叱咤激励するのではなく、
慌てることはない、自分と自分の家族を大切にしてほしいと語りかけたのだ。

・本書の取材を通じて筆者が感じたのは、他の電力会社と違い、
東北電力が地元をカネさえばら撒いておけば足りる存在として決して見ていないということだ。
トップにも、現場にも、地元とは運命共同体であり、
「共存共栄以外に道はない」
という考え方が浸透していた。

・加えて、東北出身者が社員の95%を占めており、
それぞれの職場の回りに、社員の親や兄弟、親戚が住んでいるという事情もある。
東日本大震災以前、女川町の酒場では、
女川原発の所員が地元の人々と肩を並べて酒を酌み交わしていた。

・この会社では、親子二代の東北電力勤務は珍しくなく、
三代目の社員も少なくない。
そういう意味では、東北電力は、まるで江戸時代の藩のようだ。
今どき、珍しいタイプの会社である。

・筆者は疑問を感じるとしつこく問い質すたちで、何度も取材に訪ねたり、
繰り返し電話をすることも厭わない。
取材先には迷惑だろうが、読者に正確な情報を伝えるためには必要なことなのである。
それゆえ、現役の新聞記者時代には「すっぽん」というニックネームを取材先から頂戴し、
辟易されたことが何度もあった。

しかし、女川原発社長代理の遠藤氏の説明は、筆者の方が、
心の中で「もう、その辺で十分です」と言いたくなるような粘り強いものだった。

※コメント
さまざまな情報が錯綜する現代。
どれだけ信頼できる確度の高い情報を入手するかが大事だ。
そのようななか町田氏の情報は、注目に値する。

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