◆楠山春樹『「老子」を読む』を読み解く

◆楠山春樹『「老子」を読む』を読み解く

※要旨

・『老子』は、無為に生きよ、自然のままがよいという。
もっとも無為といっても、何もしないということではない。
無作為、つまりことさらな行為をしない、ということである。

・老子の考えることさらな行為とは、人が日常生活を維持するのに必要な最小限を越えるすべての営みをいう。
戦国争乱の世に生きた老子にとって、世の君主たちの行使する権力・武力、
乱世を救うためと称して儒家を始めとする百家の提唱する道徳・政策、
人の蓄積してきた知識・知恵、その所産としての文化・文明、
これらのすべては人の生み出したことさらな作為であり、いわば贅肉である。

・老子のいう無為の唱導とは、こうした贅肉を削ぎ落とせということであり、
それが人のあるがままの自然の姿だ、ということである。

・老子が世の常識に反してこのような主張を掲げたのは、
彼の生きた当時の状況によほど目に余るものがあって、
人が何事かを為そうとすればするほど、世相はいよいよ険悪の度を加えていくと考えたからである。

・老子が理想としてひそかに思い浮かべていたのは太古の原始素朴の世である。

・『老子』は字数でいうと約五千数百字である。

・老子は、戦国の世相を睨む憂世の思想家である。

・見聞による知識はあてにならない。
戸口から外へ出なくても、居ながらにして天下の情勢は分かるものだ。
窓から外を覗かなくても、居ながらにして自然界の推移は分かるものだ。

そこで「道」を体得した聖人は、出歩かないですべてを察知し、現場を見ないですべてを判断し、
ことさらなことはしないですべてを為しとげる。

・柔弱は堅強に勝つ。
万物にあっても、たとえば草木が生え出たときは柔らかでもろいが、枯れると乾いてかさかさになってしまう。
つまり堅強であるものは死の仲間であり、柔弱であるものこそが生の仲間なのである。

※コメント
老子は、孔子の仁義や忠孝を否定しているわけではないが、
それを教えとして強制することに反対しているようだ。
論語は人気があるが、
それに対しての批判があるというのが、また面白い。
これだがら、古典は奥が深い。

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