◆山内譲『豊臣水軍興亡史』を読み解く

◆山内譲『豊臣水軍興亡史』を読み解く

※要旨

・豊臣政権の威光が、
陸上同様全国の海上にも行きわたる以前には、
列島各地の海には多様な海上勢力が存在していた。

・海にかかわる部分がより大きいのは、西国である。
それは、物流の大動脈でもある瀬戸内海の存在に
よるところが大きいが、その瀬戸内海で
もっとも大きな支配力を有していたのは毛利家である。

・西国においては、
毛利氏関係の水軍を中心に見ていくことにする。

・東国では、海上勢力の活動の舞台となったのは、
駿河湾、相模湾、江戸湾である。
この海域での支配にかかわった戦国大名は、
今川、武田、北条、里見などである。

・多様な毛利氏の水軍。
瀬戸内の海上支配にかかわった毛利の水軍と一口にいっても、
その内実は一様ではない。

・さまざまな海域に本拠を置き、
多様な来歴を有する警固衆や海賊衆によって
構成されているというのが実情である。

・小早川水軍。
毛利元就の三男隆景が継承した小早川家も早くから水軍を擁していた。
その主力は、忠海警固衆の乃美宗勝(のみ・むねかつ)である。

・宗勝の武勲もいろいろなところで確認することができるが、
その大きな功績の一つは、
瀬戸内の海賊衆と毛利氏の仲介の役を果たしたことである。

・厳島合戦のときに、
態度をはっきりさせない来島(くるしま)村上氏との
交渉にあたったのは、他ならぬ乃美宗勝であった。

・毛利元就をイライラさせながらも、
最終的には宗勝は、来島村上氏の水軍力を
毛利方に取り込むことに成功したのである。
その功績は大であるといえる。

・このように芸予諸島の村上諸氏が毛利氏との間に
なんらかの関係をもつときには、
必ずその間に乃美宗勝の姿があった。

・能島(のしま)村上氏の歩みをたどってみると、
瀬戸内海に利害関係をもつほとんどすべての戦国大名と
かかわりを持っていたことがわかる。

・戦国時代の能島村上氏を率いていたのは村上武吉(たけよし)であるが、
その武吉は家督をめぐる一族の内紛を勝ち抜いて
惣領の地位を得た人物である。

※コメント
ユニークな視点だ。
そして戦国ファンとしては、
マニアックな話であり、現代にも通じる話が多い。

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★安部司[あべつかさ]プロフィール 】

1951年 福岡県福岡市の農家に生まれる。

食品添加物の現状、食生活の危機を訴えた『食品の裏側』(東洋経済新報社)は
中国、台湾、韓国でも翻訳出版され、70万部を突破するベストセラーとなり、
新聞、雑誌、テレビにも取り上げられるなど大きな反響を呼んでいる。

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