斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.566 全体像がみえない日本会議の「改元」論

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 平成30年8月16日発行 vol.566
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 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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全体像がみえない日本会議の「改元」論
──「新元号事前公表」反対のほかに何があるのか
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8月5日のメルマガで、日本会議理事、神政連首席政策委員を務める田尾憲男さんの改元論を取り上げました。

田尾さんは、来年5月1日、践祚(即位)の当日に、「臨時閣議決定、同日政令公布、施行」を主張しておられます。

 即日改元は精神論的には理解できなくもないのですが、歴史的に見れば、必ずしも長い皇室の伝統というわけでもないし、ネット社会の今日、現実的でもないのではないかと私は大きな疑問を感じています。

▽1 新元号の事前公表に反対するのみ

 折しもこの翌日、日本会議国会議員懇談会の会長である古屋圭司衆院議院運営委員長らが菅義偉内閣官房長官に面会し、新元号の制定・発表は5月1日の新帝即位(践祚)後とすべきだと要請したと伝えられます。

 伝統と文化の継承、国民精神の興隆などを訴え、元号法制化の実現や昭和天皇御在位60年、今上陛下御即位奉祝などに取り組んできた、日本最大級の国民運動組織で、いまや国会内に260名の勢力を持ち各界各地にネットワークを広げる日本会議が、どのような改元論を具体的に主張しているのか、興味を持ちました。

 けれども、結論からいえば、少なくともいまの私には、全体像がまったく見えてきません。

日本会議のサイトをのぞいても、ネット社会の今日、ふつうなら一次情報をどんどん発信すべきなのに、不思議にも、それらしいものがうかがえないのです。

 報道から浮かび上がる二次情報としての主張はもっぱら、新元号が公表されるスケジュール問題に向けられ、政府の方針への反対表明にとどまっています。

 改元にとどまらず、御代替わり全体について、パッケージとしての政策提言がないということなのでしょうか。ほんとうでしょうか。

 御代替わりを来春に控え、政府の基本政府はすでに固まっています。

来年度予算の概算要求はいままさに佳境を迎えつつあるというのに、です。

 これで皇室および日本の歴史と伝統が守れるのでしょうか。にわかに信じがたい気がします。

▽2 遅すぎる反論で国民をリードできるのか

 日本会議の対応は、手法的にも、内容的にも、後手後手に回っていませんか。

 すでに政府は、5月17日に、御代替わりに伴う新元号の公表時期について、践祚(即位)=改元1か月前の「来年4月1日」と想定し、準備を進める方針を決めています。

 ネット社会の今日、各省庁が管理するそれぞれの情報システムを改修するのには1か月を要するという判断がもとになっているようで、関係省庁の連絡会議で申し合わせが行われた模様です。

 ただ、この日の会見で菅官房長官は、新元号の公表時期について、「まだ決めていない」と述べ、最終的な公表時期は首相判断に委ねられる見通しだとも伝えられました。

 ATMや納税関連システム、各省庁間や官民にまたがるシステム、運転免許証のシステムなど、その改修が短時日に行えないことは容易に想像されます。

であればこそ、「践祚1か月前に公表」という現実論的発想が生まれたのでしょう。

 政府の決定に対して、日本会議の議員らが反論したのは、それから半月以上もあとになってからのことでした。

遅すぎます。これでは反政府運動であって、国民をリードする運動とはいえません。

 報道によると、日本会議国会議員懇談会の総会が6月5日に開かれ、新元号は「即位(践祚)時に公表されることが原則」とする見解がまとめられたと伝えられます。

▽3 即日改元の見直しをなぜしない

 理由は、「平成」の間に新元号が公表されるなら、今上天皇と新帝との間に「二重権威を生み出すおそれがある」というものでした。

「二重権威」の指摘は、今回の退位特例法論議の過程で浮かび上がりました。

私にいわせれば、天皇を歴史的存在ではなく、生身の肉体を持ち、固有名詞で呼ばれる個人と解釈する非伝統的な天皇観が背景にあるものと思われます。

 天皇は個人ではありません。

日本の伝統と文化の継承を訴える日本会議なら、新手の「二重権威」論にむしろ反論すべきではないでしょうか。

 それはともかく、代始改元が新帝の領域に属するのは当たり前のことで、践祚の前に新元号が公表されることなどあり得ません。

あり得ないことがあり得るのは、今日のコンピュータ社会、ネット社会という現実があるからです。

 政府は「二重権威」を避けるため、当初は「今年半ば」としてきた新元号の公表を「4月1日」にまで遅らせてきたという経緯もあります。

それでもシステム改修には1か月かかるというのが現実論です。

 それならば、践祚(即位)即改元の基本方針を大胆に見直すのが現実主義・合理主義というものでしょうが、なぜか日本会議はそうはしないようです。

 過去300年の歴史を振り返っても、践祚即改元は大正と昭和のみであり、平成の御代替わりでも翌日改元だったことを、日本会議はお忘れでしょうか。

歴史主義が欠けていませんか。

▽4 「便宜主義」と批判する百地教授の反対論

 その後も、日本会議の改元論は、「事前公表反対」にどんどん傾斜していきました。

 報道によれば、7月19日、つまり政府決定から2か月後、日本会議国会議員懇談会の皇室制度プロジェクト(座長=江藤晟一首相補佐官)は新元号の事前公表に反対する方向で一致しました。

 この日、報道では、懇談会で百地章・国士舘大特任教授が講演し、新元号を定める政令は新帝が公布すべきだとの立場で、事前公表への反対を表明し、出席議員らも賛同した、「5月1日」の新元号公表が望ましいとの認識で一致した、と伝えられます。

 以上、報道から浮かび上がってくるのは、政府決定の現実主義と日本会議の原則論との激突ですが、再三申し上げているように、「践祚即日改元」の基本方針に関する歴史的な検証は両者ともに欠けています。

 この日の講演の詳細については分かりませんが、約半月前の7月2日、産経新聞の「正論」欄に「新元号は天皇御即位後に発表を」と題する百地教授の主張が掲載されており、内容を類推することができます。

 百地教授はこのエッセイで、政府の事前公表方針について、「元号の本来の意味や皇室の伝統を無視した『便宜主義』が先行」と批判しています。

 批判の論拠は歴史論と法律論ですが、とくに目新しいものはありません。

御代替わりに伴う改元なら、践祚(即位)後に行われるのは当たり前です。

政府がそうしないのは便宜主義というより現実主義でしょう。

▽5 元号法は践祚即改元を定めていない

 最大の問題は、政府が事前公表にこだわるネット社会の現実です。

改元に伴う社会的混乱の防止をどう図るか、です。

一般社会では元号の歴史と伝統どころか、すでに西暦への一本化が進んでいます。

 改元に関する政治的な反対論が高まるほど、元号離れがますます深まりそうです。

それこそ歴史と伝統どころではありません。角を矯めて牛を殺すの類いです。

 百地教授は、30年前の平成の御代替わりでは、政府は「国民生活への影響を軽減する基本方針」を立てたこと、発行済の証明書類の有効期限などについて新元号に読み替えたこと、窓口業務では新元号のゴム印が用意されたことなどを紹介し、今回は国の法令によって一定の「新元号への移行期間」を設けたりするなどの対応を提案しています。

 理解できなくもありませんが、「ゴム印」とはなんともアナログな対応で、笑ってしまいます。

践祚当日に新元号が公表されたあと、ゴム印を事務用品店に発注したとして、即日に届くとは限りません。

何度も言うようにネット社会なのです。もっとクールに、もっと現代的に、もっと現実主義的に対応できないでしょうか。

 百地教授は法的観点から新元号の事前公表に反対していますが、それこそ法的に考えるのなら、なぜ即日改元にこだわる必要があるのですか。

 明治42年の登極令は「践祚の後は直ちに元号を改む」(第2条)と践祚即改元を定めていましたが、ほかならぬ日本会議の前身組織らの運動によって法制化された現行の元号法では「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」(第二項)であり、践祚(即位)即改元を定めているわけではないのです。

▽6 なぜ天皇の本質について国民的議論を喚起しないのか

 歴史的に見ても、繰り返しになりますが、践祚即改元は大正と昭和のみであり、平成の改元も翌日でした。

なぜこのネット社会において、現実的に困難を伴う即日改元にこだわるのか、確たる理由が知りたいものです。

践祚即改元のこだわりは、ノスタルジックな単なる戦前回帰とも映ります。

 そればかりではありません。今度の御代替わりについて、日本会議が議論を深め、社会に問題提起すべきテーマはもっとほかにあるでしょう。

 百地教授は「元号の本質がゆがめられてはなるまい」と仰せですが、いまゆがめられつつあるのは、ほかでもない天皇の本質そのものではないでしょうか。

 前回の御代替わりを踏襲する「国の行事」と「皇室行事」の二分方式「践祚」概念の歴史的喪失  退位(譲位)と即位(践祚)のあり得ない分離天皇天皇の祭祀への無配慮などについて、日本会議が、あるいは国会議員懇談会が、活発な議論を交わしているとは聞きません。

なぜですか。後手に回る反対論で、皇室の伝統と文化が守れるのでしょうか。

 五箇条の御誓文の第1条に「万機公論に決すべし」とあります。

国民的議論を喚起しない国民運動であってはならないと私は思います。

◇ 発行人プロフィール ◇

斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。

弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。

過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる

━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)

天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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