リアルインサイト 「必ずや名をたださんか」

おはようございます。
リアルインサイトの今堀です。

いつも、さまざまなご感想やご意見を
お寄せいただき、ありがとうございます。

とても励みになるとともに、勉強させて
いただいておりますので、今後も是非
ご遠慮なくお願いします。

さて、本日のタイトル、

「必ずや名を正さんか」

は、『論語』の子路(しろ)篇に
登場する言葉です。

子路曰、衛君待子而爲政、子將奚先、
子曰、必也正名乎(後略)

子路曰わく、衛の君、子を待ちて政
(まつりごと)を爲さば、子、將
(まさ)に奚(いず)れをか先にせん。
子曰わく、必ずや名を正さん乎(か)。
(子路篇13-3)

※書き下し文は

『論語 下』
(吉川幸次郎著, 朝日選書, 1996年)
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4544&c=12415&d=3822

に拠りました(同書P.112)。

政争が続いて社会秩序が乱れていた、
戦国時代に近い春秋末期の
衛(えい)の国について、

高弟の一人、子路が孔子に尋ねます。

「先生が衛に招かれて政治を任せられたら、
 まず何をなさいますか」

孔子の答えは、子路の予想とは
全く違うものでした。

「必ずや名を正さんか」

ここで「名」というのは論理としての
「言葉」を意味します。

政情が混乱する国にまず必要なのは、
一見迂遠な「正名(名を正すこと)」で
あるとしたわけです。

その理由は、

「『名』が正しくなければ言論も
 順当でなく、言論が順当でなければ
 諸事はうまくゆかず、

 諸事がうまくゆかなければ文化も
 豊かにならず、文化が豊かでなければ
 法律も適切でなく、

 法律が適切でなければ民衆の日常
 生活にも支障が生じるのだ」

というものでした。

※この解釈は、私の尊敬する知識人で、
ザ・リアルインサイト2018年3月号の
講演会にもご登壇いただいた、

評論家の呉智英(くれ・ともふさ)氏の
ご著作、

『言葉につける薬』
(呉智英著, 双葉社, 1994年)
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4545&c=12415&d=3822

の記述(同書P.12-13)を引用しましたが、
別の解釈もあります。

子路は、『史記』に拠れば三千人いたと
いわれる孔子の弟子の中で、最も優れた
十人を指す「孔門十哲」の一人ですから、

優秀な人物であったことは間違いない
でしょう。

『論語』に登場する回数が最も多く、孔子に
愛された弟子として知られています。

しかし、

孔子は子路の勇敢さを称えつつ、その
軽率さを度々窘めてもいたようです。

そして、

「恐らく、尋常な死に方はしないであろう」

という孔子のつぶやきは、不幸にも
現実となってしまいました。

衛国に出仕した子路は、内乱に巻き込まれて
命を落としますが、最期に

「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、
 死ぬものだぞ!」

と叫びます。

『弟子』
(中島敦著, 青空文庫)
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4546&c=12415&d=3822

全身を膾(なます)のごとくに切り刻まれた
子路の亡骸が醢(ししびしお, 塩漬け)に
され晒し者にされたと聞いて、

孔子は家にあった一切の塩漬け肉を
捨てさせたそうです。

そして、

七十三歳で子路を亡くした孔子も、翌年
七十四歳でこの世を去りました。

※ここまでは、呉智英氏の

『現代人の論語』
(呉智英著, 文藝春秋, 2003年)
※文庫版
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4547&c=12415&d=3822

を参考にさせていただきました
(同書P.107, 同書は、とても良質な
『論語』入門書だと思います)。

少し話が逸れましたが、孔子が
最愛の弟子に語った言葉、

「必ずや名を正さんか」

に戻ります。

お伝えしたいのは、

「論理としての言葉の乱れ」

が、現在の社会や政治にも大きな
混乱をもたらしているのではないかと
いうことです。

以前ご紹介させていただいた
「ディストピア小説」の名作、

『一九八四年』
(ジョージ・オーウェル著,
 ハヤカワepi文庫, 2009年)
※原書初版は1949年刊行
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4548&c=12415&d=3822

の舞台で、核戦争後の世界を分割統治する
三大国の一つであるオセアニアでは、

言葉が破壊され、意味を転換され、語彙が
削減され続けることで、徹底した思想統制が
図られています。

国民は、政府に対する反抗を語る言葉すら
奪われているのです。

主人公のウィンストン・スミスの職業は、
4つの省庁の一つ、

「真理省」の役人なのですが、彼の仕事こそ
ずばり、

「歴史の改竄」

です。

具体的には、独裁を行う「党」にとって
都合の悪い記録や新聞記事等を抹消し、

「新たな歴史を捏造する」

というものです。

つまり、「真理省」というのはその名称に
反し、思想統制を強化するために存在する
プロパガンダ機関なのですね。

ちなみに、

真理省以外の省庁の名称と役割は、以下の
ようなものです。

平和省:軍を統括し、「平和のための」
戦争を維持し続ける。

豊富省:物資の配給と統制を行う(実際
には絶えず欠乏状態)。

愛情省:反体制分子に対して尋問と拷問を
行う。

これら省庁の名称のみならず、「党」は
言葉の意味を反転させたり、イメージを変更
したり、語彙を制限したりしている他、

ニュースピーク (Newspeak)という
語法を用いて、オセアニア国民の思考を
単純化させ続けています。

その上、

国民は「テレスクリーン」という双方向
テレビジョンや、街中にしかけられたマイク
等で、常に監視状態に置かれているという、

「暗黒社会」

が描かれています。

ウィンストンが仕事で、過去の雑誌記事を
「修正」するシーンは、以下のような
ものでした。

「ウィンストンはテレスクリーンの
 ”バックナンバー”をダイヤルし、
 <タイムズ>の該当号を請求した。

 するとそれは数分のうちに気送管
 から流れ出てくる」
 (同書P.63)

電子データではなく物理的な紙が送られて
くるというところに時代を感じますが、

まだ「テレックス」しか存在していない、
戦後間もなくの時期に書かれた小説と
しては、驚くべき想像力ですね。

救いのない暗い社会を描いた物語では
あるものの、

単純に読み物として非常に面白いので、
未読の方は是非お手に取っていただき
たいと思います。

さて、簡単に設定をご紹介した限りでは、
荒唐無稽な物語のようにお感じになった
かもしれませんが、

このような社会が到来することが、
絶対にないと言い切れるでしょうか。

孔子の言葉のように、社会がおかしく
なるときは、言葉からおかしくなっていく
のではないかと考えれば、

気がかりな事実はいろいろとあります。

『一九八四年』の世界では、強制収容所が
「歓喜キャンプ」と言い換えられているの
ですが、

「移民」を「外国人材」と言い換え
たり、「戦闘」を「衝突」と言い換え
たりすることに、

問題がないと言えるでしょうか?

刑法第186条で禁じられた「賭博場の
開帳」解禁を主眼とする法律を、
「IR(統合型リゾート)整備推進法」と
名付けたり、

二度廃案になった「共謀罪」を、
「テロ等準備罪」に変更してみたり、

規制の破壊実験を行う地域を
「国家戦略特区」と呼んだりする
ことについては、

どうでしょうか?

言い換えによる曖昧な言葉の多用は、
物事の本質を見えづらくさせ、

結果として誤った選択を実現させて
しまう危険性を拡大させているのでは
ないでしょうか。

もちろん、こうした言い換えによる
誘導は、なにも政権与党だけが行って
いるわけではありません。

例えば、既に忘れ去られたようにも
思える

「安保法制(平和安全法制)」
関連2法の成立時の混乱において、
野党は

「戦争法案」

という言葉を多用していました。

こうしたイメージ操作は、問題を深く
議論する上で、寧ろ障害になっていた
可能性すらあるように思います。

また、昔から護憲派勢力が用いていた

「憲法改悪」

という言葉も同様ですね。

法律の条文を変更することを「改正」と
言いますが、それは変更内容自体が
正しいことを意味しません。

当たり前のことながら、

「良い改正」もあれば「悪い改正」も
あるでしょう。

しかし、

最初から「改憲」を「改悪」と呼んで
しまえば、結論ありきの思考停止に
陥ってしまわないでしょうか。

残念ながら、

言葉の言い換えやごまかしを始めと
した手法で、国民の大多数が知らない
間に、重大な法案が可決され、

「急進的な改革」

が凄まじい勢いで進められてしまって
いるのが、現代の社会です。

「改革」

そのものが悪ではないとしても、必要の
ないものや弊害の方が大きいものも
あります。

ましてや、国民の大多数が知らなかったり、
内容を理解していない改革を急ぐのは、
一体誰のためなのでしょうか?

これは、何も我が国に限ったことでは
ありません。

日本でも、「民間議員」が強い影響力を
持つ様々な諮問会議によって、急進的な
改革が推し進められてきましたが、

アメリカでは、巨大な多国籍企業が、
連邦議員一人当たり数十人もいると
いわれる、

「ロビイスト」

を多額の報酬で動員することで、様々な
法案を通し続けています。

その手口の一つをご紹介しますと、

「議会や国民が反発しそうな法案ほど、
 難解な用語をちりばめて、ページ数を
 極力多くする。

 これはワシントンのロビイストたちの
 間ではすでに<お約束>になっている。

 だが念には念を入れ、事前に読破
 されないように、法案は採決当日に
 各議員の部屋に届けるように手配した。

 最初は共和党議員数人が反対に回った
 ため成立にいたらなかったが、
 ロビイストたちはそんなことで簡単に
 あきらめはしない。
 
 (中略)

 この一連の動きが国民に知られないよう、
 採決自体は深夜にひっそりと行われた」

『沈みゆく大国アメリカ
 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』
(堤未果著, 集英社新書, 2015年
 P.115)
http://b56.hm-f.jp/cc.php?t=M4549&c=12415&d=3822

という、騙し討ちに等しいものすらある
始末です。

これは、アメリカのメディケア(Medicare,
高齢者・障害者向けの公的医療保険制度)
だけが持つ「薬価交渉権」を奪うために、

大手製薬会社の意向を受けたロビイストが
展開した動きについての記述ですが、用意
された法案はなんと、

「1000ページ」

という膨大なものだったそうです。

「保険料が年間2500ドル下がる」

とオバマ大統領が公言して導入された

「オバマケア」

の実態は、日本の社会保険制度である
「国民皆保険」とは似ても似つかない
もので、

保険料に制限のない民間医療保険への
加入を義務付けた上、違反者には罰金を
課すという過酷なものでしたが、

その法案に至っては前代未聞の

「3000ページ」

にも及んだそうです(同書P.109)。

国民に重要な法案の意味を知らせない
どころか、

採決を行う議員にすら内容を明らかに
しないという驚くべき手法がまかり通る
ようになったこの国の政府は、

ご存じのように我が国にも、様々な
要求を突きつけ続けています。

日米構造協議、年次改革要望書、
日米経済調和対話・・・、

名前は変われども、行われているのは
執拗な規制緩和要求に他なりません。

自国民に対してさえ、過酷な政策を
取り続けてきたアメリカ政府が、
外国である日本に容赦する理由など、

おそらくどこにもないでしょう。

こうした要求に唯々諾々と従って
きた日本国内では、

・問題がきちんと報道されない
・一方的な主張しか伝えられない

といった事態と並んで、

・本来の目的から目を逸らされる
 ような言い換えによるミスリード

も増大してはいないでしょうか?

「必ずや名をたださんか」

孔子は、混乱した世の中を治める
には、迂遠に思えても言葉を正す
ことが最重要であるとしました。

ここから学ぶべきことは、現在を
生きるだけでなく、子孫への責任を
果たすべき我々にとっても、

決して小さくないのではないかと
思います。

それでは、また。

今日も皆様にとって幸多き1日に
なりますように。

日本のよりよい未来のために。

私達の生活、子ども達の命を守る
ために、ともに歩んでいけることを
切に願っています。

リアルインサイト 今堀 健司

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