佐藤優が説く!「結局、北方領土は戻ってくるのか」問題のカギ

 佐藤優が説く!「結局、北方領土は戻ってくるのか」問題のカギ

 

61年前に起きた「ダレスの恫喝」とは何か

 

ロシアの筋書き

山口県長門市で12月15日に、東京で翌16日に行われた安倍晋三首相とロシアのウラジミール・プーチン大統領の首脳会談について、日本のマスコミの評価は厳しい。

「北方領土問題で何も成果がなかった」「経済だけを食い逃げされた」というような酷評が多いが、それらは間違えていると筆者は考える。

今回の日露首脳会談は大成功だった。

日本もロシアも、形式だけでなく、実質的に領土問題、経済協力を含む重要事項について交渉できる環境を整えるという目標を達成したからだ。

もっとも興味深いのは、16日の共同記者会見でプーチン大統領が、「われわれは、経済関係の確立にしか興味がなく、平和条約は二次的なものと考えている人がいれば、これは違うと断言したい。私の意見では、平和条約の締結が一番大事だ」と述べたことだ。

プーチン大統領は、1855年の日露通好条約で北方四島が日本領になったことにあえて言及することで、1956年の日ソ共同宣言でロシアは歯舞群島と色丹島の日本への引き渡し義務を負っているにすぎないが、歴史的、道義的に日本が領有に固執する国後島、択捉島について、何らかの譲歩を行う可能性を示唆している。

この方向で両首脳と両国の外務官僚が命がけで交渉すれば、3~5年後に歯舞群島と色丹島が日本に返ってくる可能性がある。

 

さらにこの会見でプーチン大統領は、日ソ共同宣言の履行にあたっては、日本側は日米安保条約との関係で、ロシアの安全保障上の懸念を払拭する必要があることを「日本と米国の関係は特別です。

日本と米国の間には安保条約が存在しており、日本は決められた責務を負っています。

この日米関係はどうなるのか。私たちにはわかりません」と述べる形で示唆した。

具体的には歯舞群島、色丹島を日本に引き渡した後、日米安保条約第5条を根拠に、米軍がこれらの島に展開することをロシアは安全保障上の懸念と考えているという意味だ。

この関連で過去の経緯についてプーチン大統領は「日ソ共同宣言に署名したとき、この地域に関心のある米国のダレス国務長官が日本を恫喝した。

『日本が米国の国益に反することをすれば沖縄諸島全域は米国の領土になる』と」と述べた。

 

唯一残された記録

ここでプーチン大統領が述べた「ダレスの恫喝」については、1955~1956年に行われた日ソ国交回復交渉の際の日本側共同全権をつとめた松本俊一氏が、1966年に上梓した当事者手記『モスクワにかける虹』に記述がある。

北方領土交渉の基本文書であるにもかかわらず、初刷りのみで絶版になっていたので、2012年に筆者が長文の解説を附して『日ソ国交回復秘録』と改題して再刊した。

この本には、日本外務省が公開していない機密情報が多数含まれている。

「ダレスの恫喝」もその1つだ。

1956年8月19日、重光葵外相はロンドンの米国大使館を訪れ、ダレス米国務長官に歯舞群島、色丹島を日本に引き渡し、国後島、択捉島をソ連に帰属させるというソ連側から提示された領土問題に関する提案について説明した。

それに対し、ダレスは激しく反発した。

 

〈八月十九日に重光外相は米国大使館にダレス国務長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。

その際、領土問題に関するソ連案を示して説明を加えた。

ところが、ダレス長官は、千島列島をソ連に帰属せしめるということは、サン・フランシスコ条約でも決っていない。

したがって日本側がソ連案を受諾する場合は、日本はソ連に対しサン・フランシスコ条約以上のことを認めることとなる次第である。

かかる場合は同条約第二十六条が作用して、米国も沖縄の併合を主張しうる地位にたつわけである。

ソ連のいい分は全く理不尽であると思考する。

特にヤルタ協定を基礎とするソ連の立場は不可解であって、同協定についてはトルーマン前大統領がスターリンに対し明確に言明した通り、同協定に掲げられた事項はそれ自体なんらの決定を構成するものではない。

領土に関する事項は、平和条約をまって初めて決定されるものである。

ヤルタ協定を決定とみなし、これを基礎として議論すべき筋合いのものではない。

必要とあればこの点に関し、さらに米国政府の見解を明示することとしてもさしつかえないという趣旨のことを述べた。

重光外相はその日ホテルに帰ってくると、さっそく私を外相の寝室に呼び入れて、やや青ざめた顔をして、「ダレスは全くひどいことをいう。

もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたなら、沖縄をアメリカの領土とするということをいった」といって、すこぶる興奮した顔つきで、私にダレスの主張を話してくれた〉

それ以前にも米国務省がワシントンの日本大使館に「日本がソ連案を受諾するならば、米国は沖縄を併合することができる地位に立つ」と伝達してきた経緯があるので、「ダレスの恫喝」は個人的発言ではなく、米国の国家意思に基づいたものだ。

ちなみに東郷和彦氏(京都産業大学客員教授)が筆者に述べたところによると、「ダレスの恫喝」に関する公電や書類は、外務省に存在しない。

東郷氏は、外務省のソ連課長、条約局長、欧州局長を歴任したので、北方領土交渉に関するすべての情報にアクセスすることができた。

筆者が現役外交官だったときに、「東郷さん、公電を誰かが湮滅したのでしょうか」と尋ねると東郷氏は「いや、北方領土交渉に関して重要記録を廃棄することは考えられない。

あまりに機微に触れる内容なので、公電にしなかったのかもしれない。

真相はわからない」と答えた。

「ダレスの恫喝」について証言する文書は、今のところ本書しかない。

日本にとって唯一の同盟国である米国との関係を調整することが、北方領土問題を解決する不可欠の条件になる。

週刊現代』2017年1月14・21日号より

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