「お祖母ちゃんの手紙に感じた違和感の正体」 From 上島嘉郎

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 『上島嘉郎のライズ・アップ・ジャパン』
     2019/3/28

   「お祖母ちゃんの手紙に感じた違和感の正体」
       

         From 上島嘉郎

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皆さん、いかがお過ごしですか。

東京都内は昨日、
桜(ソメイヨシノ=染井吉野)の満開を
迎えたと気象庁が発表しました。

3月27日は「さくらの日」だそうです。

公益財団法人日本さくらの会が
平成4(1992)年に定めたもので、
「七十二候」の一つである

「桜始開(さくらはじめてさく)」
時期であること、
3×9(さくら)=27の語呂合せによります。

四季のある日本、
私たちはその移り変わりに敏感で、
それを愉しむ民族なのですね。

さて、数日前に都内のある勉強会に招かれ、

「遠くの声を探して―我が父祖たちの物語」

と題する講演をしました。

そのなかで、いわゆる
「歴史的仮名遣い」に触れたところ、
御参加の皆さんから
様々な反応がありました。

三十代半ばと思しき男性から、

「子供の頃、お祖母ちゃんから
 葉書や手紙を貰ったとき、
 なんかわからない字が
 書いてあって読めなかった。

 そのときはわからないまま
 首を傾げるだけだったが、
 いまそれがどういう意味を
 持っていたのかわかった」

と発言がありました。

以下の二つの文章を読み比べてみてください。

〈親讓りの無鐵砲で小供の時から損ばかりして居る。小學校に居る時分學校の二階から飛び降りて一週間程腰を拔かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張つても、そこから飛び降りる事は出來まい。弱蟲(よわむし)やーい。と囃したからである。小使に負ぶさつて歸(かえ)つて來た時、おやぢが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を拔かす奴があるかと云つたから、此次は拔かさずに飛んで見せますと答へた。〉

〈親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。小学校にいる時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。なぜそんなむやみをしたと聞く人があるかもしれぬ。べつだん深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくらいばっても、そこから飛び降りることはできまい。弱虫やーい。とはやしたからである。小使におぶさって帰ってきた時、おやじが大きな目をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかと言ったから、この次は抜かさず飛んでみせますと答えた。〉

いずれも夏目漱石の
『坊っちゃん』の冒頭で、
先が昭和35(1960)年版、
後が平成元(1989)年版です
(ともに角川文庫)。

私は漱石の作品が大好きで、
十代から二十代半ばにかけて
よく読みました。

『坊っちゃん』は、主人公の
“書生気質”に自分と似た懐かしさを感じ、
私自身が青春時代を松山で過ごしたことで、
ひと際思い入れのある作品なのですが、
両方を読み比べると、
漢字仮名遣いの違いが一目瞭然ですね。

記憶に頼った話ですが、
昭和50年代までは「歴史的仮名遣い」の
本は結構流通していたように思います。

20年近く前、
『正論』(産経新聞社発行)の随筆欄に、
ある保守系シンクタンクの四十代の
研究員に寄稿してもらったことがあります。

掲載誌を手にした彼は、
巻頭の随筆が戦前生まれの
東大教授による正仮名遣い
(歴史的仮名遣い)の文章だったことに、

「『正論』はなぜ現代仮名遣いに
 表記を統一しないのか。

 これじゃあ若い読者はついてこない。

 古くさいねぇ」

と、悪びれた様子もなく笑いました。

あのときのことは、いまも忘れられません。

GHQの対日占領方針、
その究極の目的は、

「降伏後における米国の初期対日方針」

に記されたとおり、

「日本国が再び米国の脅威となり、
 または世界の平和および安全の
 脅威とならざることを確実にすること」

にありました。

脅威の芽を日本から一切
摘み取るために彼らが行ったことの一つが、
我が「国語」の破壊です。

GHQが実施したのは、
いわゆる”国語改革”というもので、
形式的には内閣告示によって
日本人自らが行ったことになっています

(昭和21年11月15日の内閣訓令第七号
 「当用漢字表の実施に関する件」、
 第八号「現代かなづかいの実施に関する件」)。

故江藤淳先生は”国語改革”を
こう批判しました。

〈漢字制限をおこない、表音的かなづかいを強制するということは、アメリカの占領者の側から見れば、日本語を少しでも素通しに近いものに変形させ、アメリカ人に習得しやすいものにするにとどまらず、それによって日本語の周辺に漂っていると思われた神秘的な要素を、いっきょに洗い流してしまうことをも意図していた。〉

その結果どういうことが起きたか。

漢字及び仮名遣いの両面において
大東亜戦争以前の日本の言語文化は、
戦後の言語文化と制度的に
切り離されることになり、
言葉が内包する日本人の情念や意志も
その連続性を断たれることになりました。

さらに江藤先生は、

〈「言葉」の変質とは、単なる言い換えにとどまりはしない〉、
変質させる側からいえば夥しいエネルギーを奪取することであり、変質される側にとってみれば際限もない脱力感を経験させられること〉で、
 
〈「大東亜戦争」が「太平洋戦争」と言い換えられたとき、「大東亜戦争」のために傾注されて来たあらゆるエネルギーは、一挙に空無化され〉、〈そのあとには果てしない徒労感のみが残る。
 
一方、かつて「太平洋戦争」を戦ったことがない日本人が、「太平洋戦争」という記号に自己の経験を重ね合わせることは、きわめて困難だといわなければならない〉
(『自由と禁忌』)

と述べました。

大東亜戦争以前の「国語」を
「古くさい」ものとして、
日本の言語空間から
消えていくままにすれば、
一体日本人の精神はどうなるか。

実は、『正論』の読者からも、
かなりの年輩者を含め、
当時連載していた遠藤浩一氏の

「福田恆存と三島由紀夫の『戦後』」

や、中村粲氏の

「NHKウオッチング」

などの歴史的仮名遣いの文章を名指しして、

「非常に読みづらく感じている。
 何か特別な意味があるのなら教えてくれ」

との便りが届きました。

編集部内でも、
歴史的仮名遣いは
もういいだろうという意見と、
いや受け容れるべきという
意見の対立がありました。

私は、編集長として
後者の立場を取り続けましたが、
それは、歴史的仮名遣いは、
使う人の趣味やある種の芸術性の
有無の問題などではなく、
日本人の「国語」としての成り立ち、
合理性、わかりやすさの問題だからです。

それは今日生きている日本人の
歴史的財産であるはずで、
それを排除してしまっては
日本の文化遺産に触れることも、
過去の日本人の心情を
理解することもできなくなる、
そういう畏れを持ちたかったからです。

では、おまえは不自由なく読み書きできるのか、
と言われると心もとないのですが、
要は、保守がどうの、伝統がどうの
と言っている雑誌が、それを体現する
「国語」を排除する側には回れない。

対岸に敵をつくって、
そこに言論の紙つぶてを
投げることだけが保守なのか、と。

守るべきものを
失いつつあることを自覚する、
その痛みを感じることが
保守ではないのか、と。

同時に、商業誌である以上、
売れなければ雑誌そのものが
存続できない。

さすがに漢字については
「正字体(旧字体)」ではなく
「略字体(新字体)」で、
と著者にお願いしたのですが、
それはたとえば、「歸る」を「帰る」、
「蟲」を「虫」と読めないだろう、
多くの読者が見当つかないのではないか、
ということで、「志」と
「雑誌を売る」ことの間で悩みました。

私は、歴史的仮名遣いに
違和感を持つ人や、
まったく関心のない人に対し、

「歴史的仮名遣いこそが正統なのだ」

と強要するつもりはありません。

たしかに言葉は時代と共に
変わっていくものです。

しかし、
いま私たちが使っている国語は、
自然なかたちで、
日本人の長い暮らしのなかで
変わってきたものばかりではない。

私たちの意に反して占領者に破壊された、
戦前の日本人との連続性を
断ち切られようとした、
という記憶だけは持ち続けていたい。

持ち続けるべきだ、と思います。

「歴史的仮名遣い」と捨て去るのではなく、
それを「正仮名遣い」と認識し、
たとえ自在に使えなくとも、
なんとか読める。

そうありたいものです。

福田恆存の次の言葉を、
私は折々噛み締めます。

〈言葉は私達の生まれる前から存在し、長い歴史を生きて来たのであり、私達は日本語といふ大家族の一員として生れた新参者なのである。
 
とすれば、私達は言葉を学ぶのではなく、言葉が私達に生き方を教へるのである。
 
私達は謙虚に言葉に附き合はなければいけない。
 
自然と歴史と言葉、この三者は知識としては教育の対象ではあるが、それ以上に最上の教師である事を忘れてはならない。〉
(「言葉は教師である」)

守るべきは、自然と歴史と言葉――。

【上島嘉郎からのお知らせ】
●3月19日(火)、DHCテレビ「真相深入り! 虎ノ門ニュース」にコメンテーターとして出演しました。
https://www.youtube.com/watch?v=C-aKLOTwSUg

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

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