「奴隷制に反対したら奴隷に裏切られた」 ライズアップジャパン事務局

「奴隷制に反対したら奴隷に裏切られた」

当時、奴隷制度といえば
アメリカが建国以前から
続けてきた1つの伝統であった。

「独立宣言」を起草した
トマス・ジェファーソンは
奴隷を所有していたし、、、

「建国の父」ジョージ・ワシントンも
ヴァージニアの大農園主として、
大量の奴隷を所有していた、、、

そういうことを別に隠しもしないのが
当時の実情だった。

しかし一部には
奴隷制はよろしくないんじゃないか
と考える人々もいた。

そこでアメリカの奴隷制度廃止運動家である
ジョン・ブラウンはある計画を立てた。

奴隷制廃止に共鳴する
裕福な人々に近づき、
資金提供を呼びかけた。

ジョン・ブラウンは
一体何をしようとしたのか・・・?

実は集めた資金で
奴隷たちが反乱するように
仕向けたのである。

「ここで戦わなければ
 俺たちは永遠に自由を手にできないぞ」

ジョン・ブラウンは
白人に虐げられ、こき使われていた
黒人奴隷たちを説得し、
時期が来たら集まって
政府に対して反乱を起こすように説明した。

ジョン・ブラウンの計画は
次のようなものだった。


まずは自分たちで
ウェストヴァージニア州北東部にある
政府の武器庫を占領。


そこを逃亡してきた奴隷たちの避難所にし、
彼らをけしかけ、
反乱の拠点にしようとしたのである。

決行の日。

計画の第1段階は成功した。

武器庫は不意を突かれ、
眠っていた守備隊は力不足で
ジョン・ブラウンたちに圧倒された。

しかし、成功したのはここまでだった。

ジョン・ブラウンが説得したはずの
奴隷たちは誰も集まってこなかったのである。

黒人たちは確かに
自分の名前も書けないほど無知ではあったが、
こんな反乱を起こしてもどうせ何も変わらないと
諦めていたのであった。

ジョン・ブラウンは戸惑ったが
一度あげた手は簡単に下ろせない。

政府軍と勇敢に戦ったが
勝負は一方的で
政府軍の圧勝だった。

ジョン・ブラウンは逮捕され、裁判にかけられ、
絞首刑になった。

この事件ののち、リンカーンは
ジョン・ブラウンを

「見当違いの狂信者」

と酷評したのだった。

   *  *  *  *

奴隷廃止論は当時のアメリカでは
極論とみなされることもしばしばでした。

黒人奴隷たち自身も
「どうせ何もできない」
と抵抗することをやめていましたし、、、

今日、奴隷解放の父と言われている
リンカーンですら、
この事件の首謀者を酷評しているわけです、、、

ここに、歴史の真実が隠れています。

事実、リンカーンは別に
奴隷解放に心から賛成しているわけでは
ありませんでした。

リンカーンは大統領になってからも

「私は奴隷制を持っている州、
 その件に介入する気はない。
 どうぞ、そのまま」

という大統領宣言もしています。

では、そんなリンカーンが
なぜ南北戦争で「奴隷解放」を
宣言したのか?

その理由は、
**2つの軍事的な理由**にありました、、、

先の大戦で、日本もこの同じ手法で
アメリカにやられてしまっています、、、

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