中高年の引きこもりなくすには 動物行動学研究家 竹内久美子

正論

中高年の引きこもりなくすには 動物行動学研究家、エッセイスト・竹内久美子

 
元農林水産省事務次官(76)が、自宅に引きこもり暴力を繰り返していた息子(44)を刺し殺すという衝撃的な事件が6月に起きた。

 引き金となったのは自宅に隣接する小学校の運動会の声がうるさく、「ぶっ殺してやる」という息子の発言だった。

その時、元次官の頭には、5日ほど前に川崎市で起きた児童殺傷事件がよぎったのだという。

川崎の事件も、引きこもりの中年男性が、依存しているおじ夫婦が高齢にさしかかり、将来を悲観して無差別な殺傷と自殺に至ったものと考えられている。

 つまり息子が川崎の事件のように、「ひと様に迷惑をかける」ことがないよう、自身で殺し、決着をつけたということらしい。

 連行する際には、こうするしか他になかった、これでようやく地獄の日々から解放される、といった安堵(あんど)の表情が浮かんでいたように思われた。

 職場でうまくやっていけない

 もちろん中高年の引きこもりのすべてがこうした事件の予備軍というわけではないが、深刻な問題になっていることは事実である。

 そしてこれらの事件の少し前の今年3月には、内閣府による引きこもりの調査結果が発表された。

 皆が驚いたのは、引きこもりというと若者のイメージが強いのに、実際には中高年の引きこもりの方が多いという実態だった。

15歳から39歳の引きこもりが約54万人に対し、40歳から64歳の引きこもりが約61万人なのである。

 ここでいう引きこもりとは広い意味のものであり、この6カ月間に、自室からほとんど出ない、自室からは出るが、家からは出ない、近所のコンビニくらいは出かける、

趣味の用事には出かける、までの4段階のどれかに相当する場合をいう。

 引きこもりは男性が全体の4分の3を占め、中高年の引きこもりの場合、その発端となっているのは「退職」「人間関係」「病気」であるという。

 「退職」が解雇によるのか、自主退職なのかわからないが、次の「人間関係」と合わせてみると、職場でうまくやっていけないことが最大の理由ではないだろうか。

「病気」も職場での人間関係のストレスに起因する「うつ」などの心疾患が多く含まれるのだろう。

 血縁と現代の社会の特性

 どうして人は職場でうまくやっていけないことが多いのだろうか? 

それはむしろ当然ではないかと私には思われる。

 そもそも人間はつい最近まで、血縁のある者を核とした集団で仕事をしてきた。

農業、漁業、家内制手工業、個人商店…。

 そこでは成果をあげるための競争があまり激しくない。

誰かが飛び切りの成果をあげたとしたら、それは血縁のある者のそれぞれにとっても利益となるからだ。

成果をあげた者がその成果により繁殖に大成功したなら、彼と血縁関係にある者も、血縁の近さに応じてその恩恵にあずかることになる。

 たとえば兄が飛び切りの成果をあげたことで繁殖に大成功したなら、弟は兄の繁殖成功を通じて自分の遺伝子も間接的に残すことになるのである。

 ところが現代の社会では血縁のない者たちが集まって仕事をしている。

自分自身が成果をあげなければならない。

こういう成果が早急に求められる社会では、たとえば皆が目の前の成果にこだわり、長期的な展望にたって考えることがなかなかできなくなるという問題点もある。

 実際、1990年代から2000年代にかけて多くの日本企業がこの成果主義を取り入れたが、ほとんどの場合、失敗に終わったという。

短期間で成果をあげなくてはならないストレス、人間関係の悪化…。

まさに職場でうまくやっていけないのである。

現在、中高年の引きこもりが多いのは一つにはこの成果主義のせいだろうか。

 運命を共有するシステム

 人間以外の動物の場合でも、集団をなすとしたら、やはり血縁のある者たちが核となる。

ただ、一つ珍しい例があり、チスイコウモリのメスだ。

 彼女らは中南米の木の洞などにすんでいて母と子を除けば血縁関係にない。

そして夜、牧場の家畜の血を吸いに出かけるのだが、意外と吸血に失敗し、もし二晩続けて失敗すると死に至ってしまう。

 しかしながら救済策もあり、吸血に失敗した個体に対しては、成功した個体が口移しで血を分け与えてやる。

与える側にとってもある程度死に近づくという危険な行為で、そんなことがなぜ血縁がなくてもできるのだろう。

それは将来自分が吸血に失敗したとき、以前血を分け与えた個体が優先的に自分に分けてくれるからである。

 チスイコウモリのメスは時に10年にも及ぶほどつきあいが続き、互いの運命も共有している。

そういう状況では、血縁がなくとも確かな協力関係が生まれる。

これこそが見習うべき点である。

血縁のない者どうしが長くつきあうことになる人間の職場に、何か運命を共有するシステムを導入する。

その時、軋轢(あつれき)を回避し、協力する関係が生まれるかもしれない。

(たけうち くみこ)

 

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