「東條英樹は極悪人」は何故間違いか? ライズアップジャパン

「渡部昇一の偉人で読み解く日本史」

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  *  *  *  *

あなたは学校で
戦時内閣の総理大臣である「東條英機」
についてどのように習ったか
覚えていますか…?

『太平洋戦争』を起こした張本人で、
A級戦犯の極悪人…

そんな風に習った方も
多いのではないでしょうか?

ですが、この東條英機こそ、
アメリカとの戦争を避けようと
必死になって交渉していた、
ということを知っていますか?

まず、東條英機が首相になったきっかけは
木戸孝允の孫である木戸幸一内大臣の推薦でした。

なぜ東條は推薦されたのか…?

それは、彼が陸軍を「抑え込む」
のに非常に卓越していたからです。

例えば、二・二六事件のときは
満洲にいた関東軍を指揮し
混乱する軍をしっかり抑えました。

その後陸軍大臣として、
軍が暴走しないように
しっかり統制することが
できていたわけです。

それを見ていた大臣たちは

「対米開戦に前のめりになっている
 陸軍を抑えるには東條が最適だろう」

と判断し、首相に抜擢されたわけです。

また、東條英機は
昭和天皇から抜群の信頼を得ていました。

昭和天皇は東條英機が
「忠義を尽くす人間である」
ということをよく知っていたのです。

昭和天皇は最後まで
東條英機がお好きだったようです。

そんな東條は昭和天皇に

「アメリカとの和平交渉を進めるように」

と想いを託されました。

天皇のお言葉を聞いた東條は

「大御心は平和にあるぞ!!」

と叫びながら帰ったといいます。

それで一生懸命和平交渉をするのですが、
アメリカのルーズベルト大統領は、
すでに日本との戦争を決めていました。

そのため交渉は全く進まず、
東條内閣は戦争へと進んでいくことに
なってしまったわけです、、、

どうでしょうか?

学校なんかで習った
「極悪人の東條英機」のイメージとは
随分違うんじゃないでしょうか?

学校教育が教える日本史というのは
ほんの断片的な話に過ぎないということが
よくわかると思います…

そこで今日ご案内している
プレゼンテーションでは
歴史の教科書ではさらっとしか触れられない
「大久保利通」の意外な側面について
公開しています。

1871年(明治4年)10月、
台湾に漂着した宮古島島民54人が
殺害される事件が発生したのを
知っていますか?

しかし、当の清国は
全く責任を取ろうとしません。

当時は清というのはアジアの大国で、
一方の日本はまだ明治開国から
7年程度のひよっこ同然でした、、、

そこで大久保利通が交渉に
乗り込んでいったわけですが、、、

その結果はいかに…?

続きはこちらのプレゼンテーションをご覧ください

ーライズ・アップ・ジャパン事務局 小川友希

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