西村眞悟の時事通信 : 大嘗祭の神秘と日本の本質

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大嘗祭の神秘と日本の本質
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▲内閣決定による「御退位」、無宗教の儀式

 平成三十一年四月三十日から令和元年五月一日に変わるまさにその時、上皇陛下の御譲位があり新帝の践祚があった。

目の当たりにこれを見た我らは、この我が国の肝心要の至高の尊さをもつ皇位の継承に関して、全く別個の行事が同時に行われていたことを確認しなければならない。

 

その一つは、安倍内閣つまり日本国政府が、天皇の御意思に基づく譲位を、御意思ではなく

「内閣の決定による退位」として執り行った無宗教の儀式であり、

 

他の一つは、万世一系の皇室(禁中)の歴史と伝統に基づく神事としての譲位である。

 

まさにこの禁中の行事が、真実の皇位継承であり、前者は虚(こ)仮(け)で似而非(えせ)であった

 

何故、前者が虚仮で似而非であったのか。

 

それは、安倍内閣が、占領下の内閣と全く同様に「日本国憲法」に忠犬の如く従ったからである

「日本国憲法」に従ったら、虚仮で似而非になるその理由は、「日本国憲法」が「日本の憲法」ではないからであり、さらに、ウソが書いてあるからである。

つまり、この度の皇位の継承において、この日本には二つの国があったのだ。

一つは、昭和二十一年に我が国を占領していたアメリカ人が書いた「日本国憲法」の枠内にはめ込まれた未だ被占領下の国」であり、もう一つは、神武天皇の創業から万世一系百二十六代の天皇を戴く悠久の歴史と伝統をもつ「日本」である。

振り返れば、この度の皇位の継承は、平成二十八年八月八日に、上皇陛下が国民に対して御譲位の意思を表明されたことによって為されたものだ。

 

にもかかわらず、「日本国憲法」に盲従する我が国政府は、一貫して、天皇の意思を隠蔽して無きものとした。

 従って、却って、この度の皇位継承において、我が国には、我が国の歴史と伝統とは全く違うもう一つの似而非で軽薄な国があることが鮮明になったのだ。

これは即ち、我らにとって、「日本国憲法」を廃棄して日本を取り戻す具体的必要性が鮮明になったということに他ならない。

ここに、「日本国憲法」に従った安倍内閣の意図しない功績がある。

 ▲海外の国際法学者達の学術審査に委ねたら結論はどうなる

 それ故、この度、上皇陛下が「日本国憲法」が想定していない譲位を決意され実現されたということは、本来の日本を取り戻す、誠に尊い御業(みわざ)である。

 ここで、この「日本国憲法」の本質を明記しておく。

以前、韓国が、明治四十三年(一九一〇年)の日韓併合条約は無効だと、朝から晩まで騒いでいたことがあった。

するとアメリカのハーバード大学が、世界から国際法学者を集めて、日韓併合条約が有効か無効かの学術審査をした。

そして有効という結論を出し、韓国は沈黙した。

そこで、「日本国憲法」も、日本の「憲法」として有効か無効かを、「日本国憲法」をありがたい神託の如く学生に教えて給料をもらい飯を食っている日本の憲法学者ではなく、

第三者である海外の国際法学者達の学術審査に委ねたら結論はどうなると思われるか。

「日本国憲法」を、書いた者は誰々で何時書いたのか、「日本国憲法」は何時公布され施行されたのか、総て明らかだ。

書いた者は日本人ではなく我が国を占領統治しているアメリカ軍のチャールズ・ケーディス大佐ら二十五名のアメリカ人で、書いた時は占領中の九日間で公布も施行も占領中だ。

よって、「日本国憲法」は、連合軍の日本占領統治の方針を定めた基準ではありえても、日本国の憲法ではなく無効だという結論が出ること明らかである。

従って次に、この無効なる「日本国憲法」に盲従した日本政府の行った似而非行事から離れて(無視して)、神話との連続性を維持し、多神教の世界観を保持しながら近代国民国家に至っている世界唯一の国である我が日本に於ける、「皇位継承の本質」を、改めて確認したい。
 

とはいえ、現在の「戦後体制」に覆われた世の中においては、国家と宗教の分離を定めた「日本国憲法」を神託のように信奉する進歩的文化人やマスコミや反日の輩から「神憑り」という

軽薄な冷笑があるが、多神教の世界とは、まさにギリシャ神話と同様に神々と共に生きる世界であり、神憑りが当たり前なのだ

逆に、一つの教義に反する者を「魔女」として一千年にわたって火あぶりにして殺してきた一神教こそ悪魔憑りだ。

よって軽薄な批判にビクビクせず堂々と、日本は、お国の存在そのものが、一神教のキリスト教によって根絶やしにされた、古代のギリシャ・ローマやゲルマンやケルトの多神教の豊かな精神世界を、

失われた諸民族の精神世界の唯一の「正倉院」として、今も瑞々しく豊かに維持しているのだと胸を張ろうではないか。

その上で、上皇陛下が、平成三十一年四月三十日の譲位の前に、天皇として最後に行われたことを振り返る。

まず天皇は橿原の初代天皇である神武天皇御陵に参拝され、次に、伊勢の天照大御神を祀る伊勢神宮に参拝され、最後に、東京に戻られて先代の百二十四代天皇である昭和天皇御陵に参拝された。

つまり天皇は、天皇の祖である天照大御神に参拝され、初代天皇と直前天皇の御父上の御陵に参拝され、共に譲位を報告さた上で、四月三十日に臨まれている。

▲現在に生きる「天壌無窮の神勅」

  即ち、神武天皇は、天照大御神の「天壌無窮の神勅」によって天皇となられた。

 そして、そこから万世一系百二十五代にわたって継承されて御自分に至った皇位を、天皇は、四月三十日に皇太子に譲られる。

このことを前提にして初代天皇御陵と伊勢神宮と先代の昭和天皇御陵の参拝をされた。

その上で、四月三十日の御譲位と五月一日の践祚があった。

さらにこれから、最重要の神事が、十一月十四日と十五日に為される。

これが大嘗祭だ。

  何故、最重要であるかと言えば、この大嘗祭によって、新帝は天照大御神と一体になられるからである。

新天皇が、神人一体、現(あら)人(ひと)神(がみ)になられるからだ。

 大嘗祭は、侍従長も見ることができない禁中の神事で、天皇は、二日間、その為に建てられた悠起(ゆき)殿と主(す)基(き)殿にお一人で籠もられ、自ら天照大御神の御膳をつくられて、

天照大御神とともに同じものを食され、この時の為に編まれた麻の織物を体に巻かれて明け方まで天照大御神と同じ床に寝られる。

その時、神が降りてくる。即ち天照大御神と天皇が一体となる。

つまり、天皇は、大嘗祭を経て、天照大御神の「天壌無窮の神勅」をうけた初代神武天皇と同じ天皇になられる。

 即ち、万世一系の歴代天皇は天照大御神の生き通しであり、その「天壌無窮の神勅」は大嘗祭によって、現在の百二十六代天皇に下されて現在に生きるのだ。

ここに天皇の本質がある。

 それ故、大嘗祭を経た天皇には、私人のお立場は一瞬もない。

故なら天皇は、天照大御神、つまり、太陽、となられるからだ。

って、ビート武の母親と同じように、私の母も、天皇を直に見たら目が潰れると、子にその本質を伝えたのだ。

 ▲本居宣長、吉田松陰、三島由紀夫、そして。

 次に今上陛下と共に現在に生きる「天壌無窮の神勅」を示す。

豊葦原の千五百秋の瑞穂國は、是吾が子孫の王(きみ)たるべき地(くに)なり。

宜しく爾(いまし)皇孫 就(ゆ)きて治(しら)せ。

行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)のさかえまさむこと、

當に天壌(あめつち)の與(むた)窮りなかるべきものぞ。

この神勅が、日本という国家の在り方、即ち、國體を決定している根本規範、つまり憲法である。

我が国は、神勅にある通り「天皇のしらす国」である。
 

「しらす」とは、古代言葉で、「自分以外のにある物を、我が身に受け入れて、他の物と我とが一つになること、即ち、自他の区別がなくなって、一つに溶けこんでしまうこと」

(本居宣長の古事記伝)。

  つまり我が国は天皇と国民が一体となった永遠に続く一つの家族の国なのだ。

従って、吉田松陰は、斬首される十六日前に獄中から次の手紙を友に送った。

「天照の神勅に、日嗣之隆、与天壌無窮と之有り候。神勅相違なければ日本未だ亡びず。

日本未だ亡びざれば、正氣重ねて発生の時は必ずある也。

只今の時勢に頓着するは神勅を疑ふの罪軽からざるなり。」

天照大御神と一体の天皇がおられることが、即ち、天照大御神の「天壌無窮の神勅」が現在に生きていることであるならば、吉田松陰のこの「確信」も現在に生きている。

従って、我らは、三島由紀夫の次の決意を実践しなければならない。

 日本に命にかえても守らねばならないものは二つある。

それは天壌無窮の神勅と三種の神器である。
                

(にしむらしんご氏は元衆議院議員)

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