西村眞悟の時事通信 : 文明の衝突、香港のデモ参加者と台湾を守れ

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文明の衝突、香港のデモ参加者と台湾を守れ
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令和元年の八月後半、ニュースだけではなく昼間のワイドショーでも韓国大統領文在寅の「反日発言」が連日TV画面に映し出されていた。

聞いていて、こいつ、頭の回路が狂っていると感じた。

そして、思いだしたのは、明治維新直後に、我が国から天皇名で朝鮮に送られた維新通知の国書への回答を督促すために、朝鮮に赴いた我が外務省員佐田白茅(はくぼう)が、

回答を拒否する朝鮮側に呆れ果てながら朝鮮の国情を視察した上で帰国し、明治三年三月に外務卿に提出した建白書だ。

そこには、
「その人、固陋傲岸、これを覚ますも覚めず」
と書かれていた。
これ、今の文在寅と同じだ。

その「覚めない」理由の淵源は、朝鮮が十四世紀末、太祖李成桂が支那の明に隷属して尊明主義を標榜したうえで「朝鮮」という国号を明から与えられて「李氏朝鮮」を建国して以来、

五百年近く支那(明、清)の「臣隷」と化していたからだ。

それ故、骨の髄まで支那の「皇帝」の「臣隷」となった朝鮮は、明治維新後の我が国が、「天皇」の名で送った国書を見て、その天皇の「皇」の字を我が国が使うのは我が国も支那と同じように朝鮮を「臣隷」としようとしていると思い込むに至ったのだ。

明治維新後の我が国が、このような意図を毛頭もっていないということは、その後の朝鮮との江華島条約第一条で「朝鮮国は自主の邦にして日本国と平等の権を有せり」と記したことからも明らかである。

 

この我が国の真意を曲解した李氏朝鮮末期の朝鮮人の頭の回路と、こともあろうに、現在の、あの文在寅の頭の回路は同じなのだ。

いうことは、朝鮮は百五十年以上、狂ったままということか。

文在寅は、八月二日に、日本政府が、対韓輸出管理厳格化を閣議決定した際には、「加害者の日本が盗人猛々しく大声をあげるのを決して座視しない」と発言し、八月十五日の日本の敗戦による朝鮮解放を祝う「光復節」における慶祝の辞で次のように述べた。

 

「私は韓国を誰も揺るがすことのできない国にすることを誓う。しかし、そのような国を実現できていない。(なぜかというと)十分に強くなっていないからだ・・・。」

 

ここにおいて明らかなことは、文在寅は、日本が対韓輸出管理厳格化に進むことを、日本が再び韓国を「臣隷」化する動きと思い込んでいるということだ。

これ、李氏朝鮮と同じ亡国の頭の回路である。

韓国が経済発展を遂げて「揺るがすことのできない国」に近づいたのは、

昭和四十年の日韓条約締結以来の日本からの巨額援助と技術支援のお陰である。

しかも今、韓国を「揺るがしている」のは、大統領の文在寅自身ではないか。

しかるに恩を感じることなく、この日本を「加害者、盗人猛々しい」とは何事か。それこそ「盗人」が「被害者」を「盗人」と叫ぶのと同じである。

 とはいえ朝鮮人の妄言に拘わるのは、朝鮮に深入りし、心血を注いでその近代化に勤め、挙げ句の果てに恩を仇で返されるという過ちを二度と繰り返さないために必要ではあるが、文在寅の頭の回路に付き合うのは阿呆らしいので、ここで止めよう。

何故なら、文在寅は「変数」に過ぎないからだ。

 李氏朝鮮の背後に支那があったように、文在寅の背景にあるのは中共である。

文在寅は朝鮮の伝統に従って巨大な経済になった中共にのめり込み、反日となり反米に近づいている。

従って我々はこの朝鮮という変数ではなく、背後の中共を巡る動向に警戒を怠ってはならない。

その上で、今までの我が国の日中友好という対中共姿勢から訣別することが、我が国と東アジアの安泰を確保する道であることを知らねばならない。

 さて、東アジアの大陸沿岸に沿って南から香港、台湾、朝鮮そして日本列島までが、今、顕在化してきた人類の「文明の衝突」のフロントである。

その衝突は、中国共産党主席の習近平が公言する中華民族の世界への覇権拡大と、我が国やアメリカ即ちG7諸国の自由と民主主義圏との間で起こっている。

それは、現在、香港では反中共デモで顕在化しており、台湾では、来年の総統選挙を控えて確執が静かに激しさを増しつつある。

さらに朝鮮半島では北は中共に寄り添い南も朴槿恵前大統領以来、現在の文在寅大統領に至ってさらに中共に寄りつつある。

そして我が日本はというと、政財界およびマスコミ界における長年にわたる中共との接触の中で、彼の巧妙な対日工作活動が効を奏し、現在の安倍政権による日中友好路線に結実し、

我が国政府は、中共の投資と公共事業を道具とした侵略戦略である「一帯一路」への理解と、来年の習近平の国賓としての来日へと向かっている。

それ故に、我が国は、南シナ海と東シナ海の南方海域における中共の露骨な軍事的覇権拡大と香港の反中デモと台湾の総統選挙の帰趨についての関心が希薄だ。

 我が国は、公然と、香港のデモを見守り、そのデモを三十年前の天安門事件の時よりも巧妙に、かつ、無情に、徹底的に弾圧し封印しようとする中共の主席を、国賓として我が国に招いてはダメだ。

香港のデモ参加者は、「中共の支配下で生きるより死ぬ方がましか」、「死ぬよりも中共の支配下で生きる方がましか」の選択において、「中共の支配下で生きるよりも死ぬ方がまし」を選択した人達である。

同じ人間として守らねばならない人びとである。

 台湾においても、人びとはいずれその選択を迫られる。

中共の拡大がさらに放置されれば、何れ我が国でも、まず沖縄から、その選択を迫られる。

これが、文明の衝突のフロントに位置している厳しい現実である。 

では、この東アジアの中にあって、我が国政府は、日中友好路線であり中共のおぞましい本質を見つめようとしないのは何故か。

この日中友好路線を続けるか、ここから脱却するか、
ここに我が国の運命はもちろん東アジアの未来を左右する要因が隠れている。

 結論を先に明示すれば、その今に至る日中友好路線の原因は、我が国の「戦後体制」である。

しかしこの「戦後体制」からの脱却は容易ではなく、即ち、抜本塞源、その根本を抜き源を塞がねばならない。

 塞ぐべき源を具体的に言えば、昭和二十年九月二日から同二十七年四月二十七日迄、我が国を軍事占領した連合国軍最高司令部(GHQ)が、我が国で実施したWGIPという日本国民の洗脳と極東国際軍事裁判と言論封鎖(Press Cord、検閲)、そして其れを未来永劫固定化する為に施行した「日本国憲法」だ。

我が国に与えられた天命は、現在の東アジアが、文明の衝突という闘争のフロントになった歴史の巡り合わせの中で、戦後の歴史観(WGIP)と日本国憲法の廃棄という抜本塞源を実現して、アメリカと協働して中華民族の世界制覇のための拡大を阻止することだ。

 さて、WGIP(War Duilt Information Program)とは、「戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付ける宣伝計画」であり「この度の戦争を日本の軍国主義者と日本国民のあいだの戦争という図式にすり替える宣伝計画」である。  

その目的は日本人のエネルギーを自国の軍国主義者と自国の旧秩序の破壊に向け、アメリカの無差別爆撃や原爆投下による悲惨な殺戮は、総て日本の軍国主義者が悪かったからと思い込ませたうえで、未来永劫、日本を武装解除された状態にとどめることにあった。

の為に、GHQは、我が国の言論を検閲して封印するなかで、極東国際軍事裁判を実施し、日本国憲法を起草して施行した。

 その検閲事項は三十項目あるが、その冒頭の九項目は、次の通りだ
(1)SCAP(連合軍最高司令官)への批判、
(2)極東国際軍事裁判批判、
(3)GHQが日本国憲法を起草したことの言及と成立での役割の批判、
(4)検閲制度への批判、
(5)アメリカ合衆国への批判、
(6)ソ連への批判、
(7)英国への批判、
(8)朝鮮人への批判、
(9)中国への批判。

 ここで明らかなことは、戦後七十四年も続いている中共と朝鮮の歴史を武器とした我が日本と日本人非難は、総てGHQのWGIPの再現と再利用であるということだ。

これに対して、我が国が、中韓に適切に断固反論できないのは、我が国内においても、このWGIPの洗脳効果が残存することと、さらに加えて検閲項目(8)と(9)が機能しているからだ。

さらに日本国憲法の前文と第九条こそ、WGIPを固定して再生産する最大の根源である。毎年、毎年、義務教育で児童生徒に、日本国憲法前文と九条を教え続けるのだから。

よって、我が国は、一刻も早く、占領下に施行された「日本国憲法」無効宣言の実践と、誇りある歴史観を再興しなければならない。

なお、上記検閲事項の(5)~(9)のなかで、(8)だけが「朝鮮人への批判」と「人」への批判となっており「国」への批判になっていない。

その理由は戦争中に「日本人」であった朝鮮人には国がなかったからである。

では、戦争中に「日本人」であった台湾人は何故、朝鮮人と同じように批判禁止対象に入れられていないのか。

それは、朝鮮人は戦前、戦中には日本人として他のアジア人に威張り散らし、我が国の敗戦と同時に、手の平を返して、日本人ではなく「戦勝国民」としてアメリカ人と仲良く日本人に威張り散らし、占領者のアングロサクソンの伝統的な異民族統治方針である分割統治方式によって

GHQから一時期、日本人に君臨して日本人を統率する特権を与えられたからである。

この時の朝鮮人の我が国の軍や行政組織の物資を独り占めし私物化する行状が漏れて占領行政に支障がでないようにGHQは「朝鮮人に対する批判」を検閲で禁じたのだ。

歴史に学ぶということは、このような民族の行動パターンに学ぶということだ(古田博司筑波大学大学院教授)。

これに対して、台湾の人は戦前も戦中も、敗戦後の戦後も、いつも変わらず同胞であった。

台湾の人は日本人が苦しいときも日本人の同胞でいてくれた。だからGHQの検閲に、批判禁止対象に入っていない。

 そもそも台湾の方、例えば、大日本帝国陸軍歩兵中尉の李登輝さんが、何時日本人でなくなったのか? 私には分からない。

李登輝さんのお兄さんは、日本軍人としてフィリピンで戦死されている。

靖國神社に英霊として祀られているお兄さんに会いに李登輝さんが靖國神社に参拝されたとき、私も同行したことがある。

李登輝先生ご兄弟は、今も共に日本人だった。

この歴史を知れば、我が国は台湾こそ、中共から守らねばならないのだ。

台湾は我が国の大切な同胞であるからだ。
                   (にしむら・しんご氏は元衆議院議員)
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