足して合わせれば良くなるという考え方が日本を衰退に導く②

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『三橋貴明の「新」経世済民新聞』
 2019年9月17日

 足して合わせれば良くなるという考え方が
 日本を衰退に導く②
 -市町村合併も緊縮のためのもの-

 From 室伏謙一
  @政策コンサルタント
   /室伏政策研究室代表

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 強力な台風15号は千葉県や神奈川県を中心に大きな被害をもたらしました。
 
特に、千葉県の甚大な被害は報道を通じて大きく注目されるとともに、日本のインフラの脆弱性が改めて明らかとなりました。
 
中でも、今回は電力インフラがいかに脆弱であるか、否が応でも思い知らされることとなりましたね。
 
脆弱であることの根本的な原因の一つは、いうまでもなく緊縮財政ですが、もう一つ忘れてならないのは日本の電力事業関係制度が民間事業者に過剰に責任を負わせているということです。
 
今回の被害でも電力会社の責任がマスコミのみならず永田町でも声高に主張されているようですが、諸外国の事例を振り返るまでもなく、電力事業が国民の生活、もっと言えば命を支えるものであるという事実を考えれば、その程度のことは容易に理解できるはずです。
 
官民の適切な役割分担の下、少なくとも送配電網の設置や維持管理については、公的主体がもっと積極的な役割を果たすべきでしょう。
 
その意味でも民主体の発送電分離は、端的に言ってナンセンスです。
 
もっとも、送電網を国なりが保有し、管理するといった具合の発送電分離であれば話は別ですが。)

 さて、こうした適切な役割分担、国と地方の関係においても同様のことが言えます。

 
地方分権推進(民主党政権下では地域主権推進!彼らはこの国を複数の主権国家に分割したかったのでしょうか??)や
 
「地方に出来ることは地方へ」のかけ声の下、地方公共団体への権限の移譲が進みました。
 
(歪な移譲だ、という見解もありますが、本稿ではその点には立ち入りません。)
 
地方が国に縛られることなく比較的自由な裁量で真の自治が実現できるようになる、自分たちの知恵と努力で独自の発展を成し遂げることができるようになる、そんな風に期待した方も多かったことでしょう。
 
地方分権推進はとにかく良いこととされ、それに反対するのは国、中央省庁が権限とそれにひも付けられた権益を確保しておきたい、手放したくないからだ、地方に言うことを聞かせられなくなるからだ、とされていました。
 
(対地方で何の権益があるのだろう、言うことを聞かせるとして、国土の均衡ある発展のためにスタンドプレーをされては困るからではないのか、といった良識的な反論は、当時聞かれなかったように記憶しています。)
 
 更に、こうした動きと同時進行で市町村合併も強力に進められました。
 
要は、市町村が当時の規模のままで数多く存在しているよりも、ある程度の規模にまとまった方が財政基盤もしっかりするはずだし何かと効率がいいはずだという考え方に基づくものです。
 
これは市町村合併特例法に基づいて進められました。
 
この法律自体は昭和40年代から存在しましたが、平成11年に地方分権推進の動きと同期するように改正され、財政支援措置等(細かい話は省きます)をインセンティブというか餌に、
 
市町村合併を平成17年3月31日という法律の失効期限までに進める(合併申請まで)ように実質的に追い立てるものでした。
 
その結果、平成11年3月31日時点で3232あった市町村は、平成18年3月31日1821までに減りました。
 
(その後、新たな特例法が制定され、改正を経て現在でも存続しています。ちなみに直近の改正は平成29年で、翌30年に施行されています。
 
新しい法制では市町村合併を急かした餌である財政支援措置はなくなっています。)

 なんとなく「いいことじゃないか!」と思いました?

 
しかし、そもそも合併は強制されてするものではなく、地域的な一体性や歴史的経緯、経済社会的なつながりといったものから必要性が生じ、公民一体での丁寧な議論の末の実現されるべき
 
ものであって、財政支援措置という軽薄な餌につられ、それに向かって突っ走るかのように無理やり行われるべきものではありません。
 
こうした、数合わせのためと言ってもいい拙速な市町村合併は、新たな中心・周辺を生み、かつての繁華街や商店街の衰退を招くのみならず、無駄を省くためと称した公共施設の再編によって
 
行政サービスの質の低下、その結果人の流れが減少することによる公共交通等の公的サービスの撤退といった結果も招いています。

 今回も長くなってきてしまったので結論を急ぎますと、こうした負の側面からも明らかなように、市町村合併は緊縮財政推進のためのものであるということです。

 
そもそもある種生き物である地方公共団体をいくつかまとめてくっつければ効率化するという発想自体、地域の特性をも無視した机上の空論に過ぎないわけです。

 私が役人一年生の時に人事院の長期研修で1週間滞在した宮崎県の山奥の奥、西米良村は現在も合併していません。

 
人口は当時で約1600人、直近の数値で1134人の小さな村です。
 
小さなといっても、人口規模はそうでも市域はほとんどが山間部で271.56km²です。
 
その村役場の方がおっしゃっていた話を今でも覚えています。

 「隣の西都市との合併の話はあるが、合併したら中心が西都に移り、村や集落が維持できなくなる。だから合併はしない。」

 こうした良識が、「うまい話」に騙されることなく維持され、全国的に広がっていくことが願われますね。

/// 編集後記 ///

事務局・小坂の出身の兵庫県のある町は
周辺市町の合併ブームに乗っかれず…
現在の地図ではぽつりと小さく
孤立した状態になっています。

合併できなかった理由を小さい頃から
親から聞かされているのですが、
理由は、
大きな産業もなく、町の財政状況も悪く、
合併しても周りの町にはメリットがないから
どこも合併してくれなかった…
とのこと…

これが事実なのかはわかりませんが、
宮崎県の西米良村のような、
主張のできる町であってほしいと思いました…

「新」経世済民新聞事務局
 ー小坂紗代

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