第1次安倍政権は、何故、短命だったのか?

2006年9月、安倍晋三氏は自民党の総裁選で勝利し、戦後最年少の総理大臣となった。

第一次安倍内閣は、スローガンとして「美しい国づくり内閣」や「戦後レジームからの脱却」を訴えた。

小泉構造改革を引き継ぎ、加速させる。

第1次安倍内閣は、2006年9月26日から2007年8月27日までである。

第1次安倍改造内閣は、2007年8月27日から9月26日までである。

「教育基本法を改正」「防衛庁の防衛省昇格」を果たしたので保守派にとって喜ばしい功績だった。

男女共同参画法の改正の議論において、山谷ゆり子議員が主張した「ジェンダーフリー」の文言を削除することについて総理は削除しなかった。

総理は女性の社会進出を目指していたけれど、真の保守政治家なのか疑問に思った。

「ジェンダーフリー」は、機会の平等ではなく結果の平等を目指すイデオロギーで国連の極左が推し進めていた。

米国でもクリントン政権がジェンダーフリーを進めていた。

日本の国会でも女性議員を男性と同数にせよという意見を述べる議員がいる。

能力があれば女性も議員になれるわけで、数に拘るイデオロギーは、共産主義者のイデオロギーであり、危険な思想である。

安倍晋三氏の晋は、高杉晋作の晋であり、長州出身だから尊王愛国の思想を持っているだろうと期待していた。

しかし、政権は、任命した大臣の不正や失言により、支持率が落ちた。

参議院選挙で大敗したのは、年金を管理する社会保険庁の「消えた年金問題」と「年金未納問題」であった。

元財務省官僚の高橋洋一氏の著書に興味深い記述がある。

それによると、安倍首相と高橋洋一氏達が、財務省の強大な権力を奪うための国税庁などの分離解体など検討していた時であった。

突然、年金問題がマスコミにより発表されたが、高橋氏は、財務省のマスコミへのリークだったと思われるとの記述があった。

安倍首相は、財務省の最強の権力は、内閣の財政政策を妨害する力があり問題視していただろう。

しかし、財務省の反撃で政権が危機に陥ったことで、第二次安倍内閣で財務省との戦い避けた。

今になってみれば、勇気のない政治家であり、国民のための真実の保守政治家ではなかったと思う。

 

 

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