天安門の大失態 -日本は歴史をやり直せるか?- From:山岡鉄秀

天安門の大失態 -日本は歴史をやり直せるか?- From:山岡鉄秀

2008年
北京オリンピックにむけて行われていた
聖火リレー。

灯火が日本にも到着し、
走者を一目見ようと
全国の沿道には

たくさんの笑顔に包まれる観客が
押し寄せているはずでした….

しかし、

実際に集まっていたのは、
殺気立った様子で、
走者にものを投げる、
3000人にもおよぶ中国人….


日本で起きた聖火リレーの悲劇

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

天安門の大失態 -日本は歴史をやり直せるか?-

From:山岡鉄秀

ダイレクト出版・パワーゲームメルマガ読者の皆さま
山岡鉄秀です。

1989年6月4日の天安門広場虐殺事件。
民主化を求める学生たちを戦車がひき殺しました。

国際社会で孤立し、
窮地に陥った中国に
救いの手を差し伸べたのが日本でした。

江沢民に乞われるままに天皇訪中を実現し、
国際社会の中国包囲網を解くきっかけを作りました。

日本のおかげで息を吹き返した中国。
しかし、日本に感謝するどころか、
反日教育を徹底させ、

日本から莫大な支援金(ODAなど)と技術を
むしり取って行きました。

日本政府は喜々として
中国が欲しがるものを与え続けました。
その間、中国はずっと、
「弱く貧しい」ふりをし続けました。

やがて世界中から
金と技術を集めて
超大国となった中国は、

建国以来胸に秘めていた
世界支配計画実現に向かってラストスパートをかけ、
世界が我に返った時には
止めようがない勢いになっていました。

当時の日本の大きな判断ミスが、
中華帝国の逆襲に道を開き、

今日の危機を招いたと言っても
大げさではありません。

先日、時事通信が
秘密指定を解除された
当時の外交文書を入手して
そこに書かれていたことを報道しました。

(対中国「人権より大局重視」民主化弾圧も「温かく見守る」
-天安門事件外交文書 JIJI.COM 2020年9月20日)

なんと、日本は西側諸国による対中共同制裁に反対し、
日本として中国を
「息長くかつできるだけ温かい目で見守っていく」
と記してあったのでした。

「事件5日後の6月9日、
北京の日本大使館は外相宛の大至急電報で
『諸外国の対中圧力』は『逆効果となり
(中国は)ますますその対外態度を
硬直化する危険がある』と指摘。

『中国政府のせん動により、
国民の間に排外思想が広がる可能性すら考えられる』
と意見具申した。」

日本大使館がものの見事に
サイレント・インベージョンされていたことがわかります。

もちろん、当時の中国政府にとって、
北京の日本大使館こそ最優先のターゲットだったはずです。

日本大使館は北京の伝書鳩にされていたのでしょう。

「同22日に作成された極秘文書
『わが国の今後の対中政策』には
『わが国が有する価値観(民主・人権)』より
『長期的、大局的見地』を重視し、
中国の改革・開放政策を支持すべきだと明記。

その上で『今次事態の衝撃がなるべく小さくなるよう対処』
するとともに、

『西側が一致して対中非難等を行うことにより中国を孤立化』することは
『得策ではない』と基本的考えを記していた」

なんと、民主主義や人権は後回してよい、
と明言しているのです。

明確に、自国民を戦車でひき殺す独裁国家支持を打ち出していました。

これでは「日本は人権に疎い国」と
のそしりを受けても仕方ありません。

そんな日本を見て、江沢民は感謝するどころが、
侮蔑していたことでしょう。

だから、日本を利用して国際社会に復帰するや否や、
苛烈な反日教育を開始しました。

それから30年以上の時が流れ、
中国はいよいよアメリカから覇権を奪い、
世界支配を実現する意思を隠さなくなりました。

世界は目に見えぬ「第三次世界大戦」に突入しました。

そんな最中、安倍総理が辞任、
菅内閣が誕生しました。

そして、米国シンクタンクCSISから
親中派と名指しされた二階幹事長が留任となりました。

その二階幹事長、
9月17日に開かれた石破茂氏の派閥のパーティーで、
習近平国家主席の国賓訪日について

「中国とは長い冬の時代もあったが、
今や誰が考えても春。

訪問を穏やかな雰囲気の中で実現できることを、心から願っている」
と述べたそうです。

さらに新型コロナ蔓延で中止になった
4月の習氏訪日に言及し

「世界の平和と繁栄を日本と中国が中心となって共に成し遂げる、
いわゆる『共創』という決意を固めることになっていた」
とも述べたとのこと。

(朝日新聞デジタル:二階氏、日中関係「誰が考えても春」
習氏訪日に期待感 2020年9月17日)

実に見事な倒錯ぶりです。
しかし、この醜態を二階氏個人の問題に矮小化することはできません。

日本政府が正式に
北朝鮮による日本人拉致を認めたのは
いつだったかご存知でしょうか?

1988年3月26日、
梶山静六国家公安委員長が国会で、
一連の行方不明事件は、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚だと述べました。

これは天安門事件が発生する1年前です。

つまり、日本政府は、
自国民の拉致という重大な人権侵害と国家主権侵害を長年放置し、

やっと国会で問題の存在を認めるようなお粗末さながら、
隣国で発生した重大な人権侵害についても
目をつぶって北朝鮮と同じ共産党政権を擁護していたのです。

敗戦後の日本は本当に病んでいました。
その回復の経過はとても緩慢でした。

まだ病巣が主要な臓器に残っています。
その象徴が二階さんなのでしょう。

拉致被害者の横田めぐみさんのお母さん、
早紀江さんの言葉が胸に刺さります。

「日本が一丸となり、
拉致事件という『国家の恥』を一刻も早くすすいで、
日本のみならず、世界にとって
幸せな未来がもたらせることを願ってやみません」

(【めぐみへの手紙】菅首相は必ず行動してくれると期待します 
産経新聞2020年9月20日)

そう、人権をおざなりにして、
中華帝国というモンスターを作り上げたこと、

北朝鮮による拉致問題を解決できないこと、
これらはまさに国家の恥です。

歴史を変えることはできません。

しかし、私たちには、
「やり直す」オプションが残されています。

日本は歴史をやり直せるか?
それは私たち次第です。

国民として、有権者として、
これ以上日本政府が恥の上塗りをすることを絶対に許してはなりません。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

<著者紹介>
山岡 鉄秀

2014年4月豪州ストラスフィールド市で
中韓反日団体が仕掛ける
慰安婦像公有地設置計画に遭遇。

シドニーを中心とする在豪邦人の
有志と共に反対活動を展開。

オーストラリア人現地住民の協力を取りつけ、
一致団結のワンチームにて2015年8月阻止に成功。

現在は日本を拠点に言論活動中。

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